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目次
はじめに
日々の診療、誠にお疲れ様です。私たち医療従事者は、年齢、性別、国籍、障がいの有無などに関わらず、すべての患者さんに対して質の高い医療を提供することを使命としています。その中で、近年ますます重要性が高まっているのが、LGBTQ+(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア/クエスチョニングなどの性的マイノリティ)の方々への配慮です。
残念ながら、現在の医療現場が、必ずしもすべてのLGBTQ+当事者にとって安心できる場所であるとは言えません。カミングアウトへの不安、差別や偏見への恐れ、医療従事者の知識不足などから、受診をためらったり、自身の健康課題について正直に話せなかったりする当事者は少なくありません。これは、適切な診断や治療の機会損失につながる深刻な問題です。
本記事では、私たち医療従事者がLGBTQ+に関する理解を深め、日々の診療においてどのような配慮ができるのか、具体的な行動を中心に解説していきます。この記事が、よりインクルーシブ(包括的)で、誰もが安心して医療を受けられる環境づくりの一助となれば幸いです。

1. LGBTQ+とSOGIの基礎知識
まず、基本的な用語と考え方について確認しましょう。
LGBTQ+とは?
- L (Lesbian): 女性として女性に惹かれる人
- G (Gay): 男性として男性に惹かれる人(広く同性愛者全般を指す場合もある)
- B (Bisexual): 男性・女性の両方に惹かれる人(複数性に惹かれるパンセクシュアルなども含む場合がある)
- T (Transgender): 出生時に割り当てられた性別と、自身の性自認(自分がどの性別であるかの認識)が異なる人
- Q (Queer/Questioning):
- Queer: 既存の性のカテゴリに当てはまらない、または当てはめたくないと考える人。元々は侮蔑的な言葉でしたが、当事者が肯定的に捉え直し、包括的な言葉として使う動きもあります。
- Questioning: 自身の性的指向や性自認が定まっていない、または探求中である人。
- + (Plus): 上記以外にも多様な性のあり方があることを示します。例えば、アセクシュアル(他者に性的魅力を感じない)、Xジェンダー(男女の枠に当てはまらない性自認を持つ)など、様々なアイデンティティが含まれます。
SOGI (ソジ) の概念
LGBTQ+を理解する上で重要なのが、「SOGI」という考え方です。これは、Sexual Orientation (性的指向) と Gender Identity (性自認) の頭文字を取った言葉で、すべての人に関わる性のあり方の要素を示します。
- 性的指向 (Sexual Orientation): どのような性別の人に恋愛感情や性的魅力を感じるか、または感じないか。(例:異性愛、同性愛、両性愛、無性愛など)
- 性自認 (Gender Identity): 自身の性別をどのように認識しているか。(例:男性、女性、Xジェンダー、ノンバイナリーなど)
- 性表現 (Gender Expression): 服装、髪型、言葉遣い、振る舞いなど、自身がどのような性別として表現するか。
- 身体的性 (Sex assigned at birth): 出生時に、主に外性器の形状などに基づいて割り当てられた性別。
重要なのは、これら4つの要素はそれぞれ独立しており、組み合わせは人それぞれで非常に多様であるということです。「男性だから女性を好きになるはず」「女性らしい服装だから性自認も女性だろう」といった思い込みは、多くの場合当てはまりません。また、SOGIは明確にカテゴライズできるものではなく、グラデーションのように連続的で、流動的に変化することもあります。
トランスジェンダーと性同一性障害(GID)
以前は、性自認と身体的性が一致しない状態は「性同一性障害(GID: Gender Identity Disorder)」という精神疾患として扱われていました。しかし、WHO(世界保健機関)は2019年に国際疾病分類(ICD-11)を改訂し、「精神障害」の分類から除外し、「性の健康に関連する状態」の中の「Gender Incongruence(性別不合)」として位置づけました。これは、トランスジェンダーであることが精神疾患ではないという国際的な認識の変化を反映しています。現在、日本国内では移行期の名称として併用されることもありますが、医療従事者としては、トランスジェンダーは「病気」ではなく多様な性のあり方の一つであるという認識を持つことが重要です。
▲ トップへ戻る2. 医療現場におけるLGBTQ+当事者の現状と課題
LGBTQ+当事者は、医療現場で様々な困難や障壁に直面することがあります。
受診控え・情報不足
- カミングアウトへの不安: 自身のSOGIを医療従事者に伝えることに強い不安を感じる当事者は少なくありません。過去に差別的な扱いを受けたり、否定的な反応をされた経験があると、さらに受診へのハードルが高くなります。
- 差別・偏見への恐れ: 医療従事者の無理解や偏見による不適切な対応、プライバシーの侵害(アウティングなど)を恐れ、必要な医療機関へのアクセスをためらうことがあります。
- 相談しにくさ: 自身のセクシュアリティや性自認に関連する健康問題(性感染症、ホルモン治療による影響、性別移行に関する悩みなど)について、安心して相談できる相手がいないと感じています。
- 知識不足による不適切な対応: 医療従事者側にLGBTQ+に関する知識が不足していると、意図せず当事者を傷つける言動をとってしまったり、必要な情報提供ができなかったりする可能性があります。
精神的負担
- アウティングの恐怖: 本人の同意なく、SOGIに関する情報が他の患者やスタッフ、家族などに漏れてしまう「アウティング」は、当事者にとって深刻な精神的苦痛や社会的リスク(人間関係の悪化、職場での不利益など)をもたらします。
- 異性愛・シスジェンダー規範による疎外感: 問診票の性別欄が「男・女」のみであったり、診察中の会話で「ご主人」「奥さん」といった言葉を当然のように使われたりすることで、「自分は想定されていない」「ここに居場所がない」と感じ、疎外感を抱くことがあります。
- 家族・パートナーに関する質問: 法的に同性婚が認められていない現状では、「ご家族は?」「配偶者は?」といった質問にどう答えるべきか悩むことがあります。また、同性パートナーが家族として認められず、面会や治療方針の説明に参加できないケースもあります。
トランスジェンダー特有の課題
- 性別移行医療へのアクセス: ホルモン療法や性別適合手術などの性別移行に関する医療は、提供している医療機関が限られており、地理的・経済的なアクセス障壁が存在します。また、治療に関する情報が不足している場合もあります。
- 身体と自認の不一致による問題: 性別移行の段階は人それぞれであり、ホルモン療法中、手術後など、身体の状態は様々です。外見や戸籍上の性別と、実際の身体の状態(例:子宮や卵巣の有無、ホルモンバランスなど)が異なる場合、検査や処置において誤解が生じたり、不適切な対応がなされたりするリスクがあります。(例:性自認が男性で戸籍上女性の方に、婦人科検診の案内が送られてくるなど)
- 公的書類・保険の問題: 戸籍上の性別変更には高いハードルがあり、変更できていない場合、保険証や診察券の性別表記と本人の性自認・外見が一致せず、受付などで不必要な詮索を受けたり、気まずい思いをしたりすることがあります。
具体的な事例から考える
以下のような事例は、医療従事者の無意識の言動が、いかに当事者を傷つけ、医療への不信感を抱かせるかを示しています。
受付で保険証の性別と見た目が違うことを指摘され、他の患者に聞こえる声で詮索された。
問診票の続柄欄に「パートナー」がなく、関係性をどう書けばよいか悩んだ。
医師から性自認とは異なる性別で繰り返し呼ばれ、訂正する気力も失せた。
同性のパートナーがいることを伝えたら、「変わってるね」「どっちが男性役なの?」などと興味本位で質問された。
トランスジェンダーであることを伝えたら、必要以上に性別移行の状況について詳しく聞かれ、不快だった。
3. 医療従事者に求められる配慮と具体的な行動
では、私たちは具体的にどのような配慮をし、行動すればよいのでしょうか。特別なことではなく、すべての患者さんに向き合う基本的な姿勢の延長線上にあります。
知識の習得と意識改革
- 学び続ける姿勢: まずは、LGBTQ+やSOGIに関する正しい知識を身につけることが第一歩です。厚生労働省や関連学会のガイドライン、LGBTQ+支援団体のウェブサイト、専門家による書籍、当事者の体験談など、信頼できる情報源から積極的に学びましょう。院内研修や勉強会に参加するのも有効です。
- 無意識の偏見への気づき: 誰にでも「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」「家族とはこういう形」といった無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)があります。自身の偏見に気づき、それが言動に表れていないか常に意識し、是正していく努力が重要です。「自分は差別なんてしない」と思っている人ほど、無自覚に相手を傷つけている可能性があります。
- 「知らない」ことを認める: すべてを知っている必要はありません。「存じ上げないので教えていただけますか?」と正直に伝え、学ぶ姿勢を示すことが、相手との信頼関係構築につながります。
受容的で安全な環境づくり
- アライ(Ally)であることの発信: LGBTQ+を理解し、支援する「アライ」であることを示すことも有効です。受付や診察室にレインボーフラッグやステッカーを掲示する、ウェブサイトやパンフレットでインクルーシブな姿勢を表明するなど、視覚的なメッセージは当事者に安心感を与えます。ただし、形式だけでなく、実際の対応が伴っていることが重要です。
- 情報提供: 待合室などに、地域のLGBTQ+支援団体の連絡先や、関連する健康情報に関するパンフレットなどを設置することも、当事者にとって心強いサポートとなります。
- 院内での共通認識: 医師や看護師だけでなく、受付、検査技師、清掃スタッフなど、院内のすべての職員がLGBTQ+に関する基本的な知識と配慮の重要性を理解し、一貫した対応ができるよう、研修などを通じて共通認識を醸成することが不可欠です。
コミュニケーションにおける配慮
性別・呼称
- 確認する姿勢: 外見や書類上の性別で判断せず、本人がどのように呼ばれたいかを確認する習慣をつけましょう。「お名前は〇〇さんとお呼びしてよろしいですか?」「(必要であれば)代名詞(彼/彼女/その人など)は何をお使いになりますか?」と尋ねることが、相手を尊重する第一歩です。
- 性別欄の工夫: 問診票などの書類の性別欄は、「男・女」だけでなく、「その他」「答えない」といった選択肢を設けたり、自由記述欄を設けたりする工夫が考えられます。可能であれば、医療上必須でない限り、性別欄自体を設けない運用も検討しましょう。
- 決めつけない: 「〇〇さん(女性名)だから女性だろう」といった思い込みは避けましょう。
パートナーシップ
- 性別を特定しない言葉: 「ご主人」「奥さん」「彼氏」「彼女」といった言葉ではなく、「パートナー」「大切な方」「一緒に住んでいる方」など、性別を特定しない中立的な言葉を選びましょう。
- 多様な家族の形を尊重: 同性パートナーも異性パートナーと同様に、患者にとって重要な存在です。法的な婚姻関係になくても、本人の意向を確認した上で、可能な範囲で面会や病状説明への同席などを認め、家族として尊重する姿勢が求められます。
質問の仕方
- 必要性の説明: SOGIに関する質問は、あくまで診断や治療、ケアに必要な場合に限定します。質問する際には、「今後の治療方針を考える上で必要なので、いくつか個人的なことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」など、その理由を丁寧に説明しましょう。
- 前提を疑う: 「結婚はされていますか?」「お子さんはいらっしゃいますか?」といった質問は、異性愛やシスジェンダーであることを前提としています。「現在、パートナーはいらっしゃいますか?」「ご家族について教えていただけますか?」のように、よりオープンな質問を心がけましょう。
- カミングアウトの強要はしない: 患者が自身のSOGIについて話すかどうかは、本人の意思に委ねられるべきです。興味本位で詮索したり、カミングアウトを促したりすることは絶対にやめましょう。話してくれた場合は、真摯に受け止め、秘密を守ることを伝えます。
傾聴と共感
- 否定しない: 患者が自身の経験や感情を話してくれた際には、否定したり、軽んじたりせず、「そうだったんですね」「大変でしたね」と共感的に受け止め、真摯に耳を傾ける姿勢が大切です。
- 寄り添う姿勢: 不安や困難を抱えている場合は、その気持ちに寄り添い、医療従事者として何ができるかを一緒に考える姿勢を示しましょう。
問診票や書類の改善
コミュニケーションだけでなく、日常的に使用する書類の見直しも重要です。
- 性別欄: 前述の通り、「男・女」以外の選択肢(その他、無回答など)や自由記述欄を設ける。
- 続柄欄: 「配偶者(夫)」「配偶者(妻)」だけでなく、「パートナー」などの選択肢を加える。
- 緊急連絡先: 性別や続柄を必須項目としない。
プライバシーへの配慮
- アウティングの防止: 患者のSOGIに関する情報は、極めて個人的でセンシティブな情報です。本人の明確な同意なく、他のスタッフや第三者に口外することは絶対に許されません(アウティング)。電子カルテへの記載方法や、スタッフ間の情報共有ルールを明確にし、厳重な管理体制を徹底する必要があります。
- 会話の場所に配慮: 他の患者や関係のないスタッフに聞こえるような場所(待合室、廊下、ナースステーションなど)で、SOGIに関する個人的な会話をしないように細心の注意を払いましょう。
専門機関との連携
医療機関だけで対応が難しい場合もあります。性別移行に関する専門的な医療情報、法律相談、精神的なサポートなどが必要な場合に備え、地域のLGBTQ+支援団体、専門医、相談窓口などの情報を把握し、必要に応じて紹介できる体制を整えておくことも重要です。
▲ トップへ戻るまとめ
LGBTQ+当事者への配慮は、何か特別な対応を要求するものではありません。それは、すべての患者さんが持つ多様な背景や個性を尊重し、一人ひとりに寄り添った質の高い医療を提供するという、私たち医療従事者の基本的な姿勢そのものです。
「知らない」「わからない」ことは、決して恥ずかしいことではありません。大切なのは、知ろうとする姿勢、学ぼうとする意欲、そして、目の前の患者さんに真摯に向き合う心です。今日からできる小さな一歩、例えば、言葉遣いを一つ見直すこと、問診票の項目について考えてみること、それが、LGBTQ+当事者の方々が安心して医療を受けられる環境づくりにつながっていきます。
私たち一人ひとりの意識と行動の変化が、医療現場をよりインクルーシブな空間へと変えていく力を持っています。すべての人が、ありのままで尊重され、必要な医療にアクセスできる社会を目指して、共に学び、実践を続けていきましょう。
▲ トップへ戻る参考文献・参考情報
- [要出典] 厚生労働省:性同一性障害に関する情報、SOGIに関する情報など
- [要出典] 日本精神神経学会:「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」
- [要出典] 認定NPO法人 虹色ダイバーシティ
- [要出典] 特定非営利活動法人 EMA日本
- [要出典] World Health Organization (WHO). (2019). International Classification of Diseases, 11th revision (ICD-11).
- [要出典] 特定非営利活動法人ReBit: 「医療現場におけるLGBTフレンドリーガイド」
- [要出典] 日本看護協会:「多様な性自認・性的指向をもつ人々への看護の基本的考え方」