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📋 目次
1. 定義と疫学
硬膜動静脈瘻(dural arteriovenous fistula, dAVF)とは、頭蓋内の硬膜に存在する動脈と静脈(静脈洞)が病的に直接交通し、動脈血が毛細血管を介さずに静脈系へ流入する疾患です。この異常短絡により硬膜静脈洞内の静脈圧が上昇し、静脈還流のうっ血(静脈高血圧)が生じます。
ポイント: dAVFは比較的まれな疾患で、全頭蓋内血管奇形の約10~15%を占めるに過ぎないと報告されています。日本における発症数は年間300~400人程度と推定され、人口あたりの発症率でも非常に低い希少疾患です。
多くは中高年に好発し、先天性というより後天性に発症する病気と考えられています。男女比は部位によって異なるものの、全体的にはやや女性に多いとの報告もあります。dAVFの発生部位は頭蓋内の硬膜静脈洞周囲に限局し、横静脈洞~S状静脈洞部(側頭骨近傍)や海綿静脈洞部に好発します。
横/S状静脈洞部の病変は拍動性耳鳴として現れることが多く、海綿静脈洞部の病変は眼球突出や結膜充血(いわゆる赤い眼)などの眼症状で発見されることが多い傾向があります。
dAVFの原因は明確に解明されていませんが、多くは特発性(後天性)であり、硬膜静脈洞の血栓症や頭部外傷・術後感染などを契機に発生するという報告があります。実際、静脈洞血栓症からの再開通過程で新生血管網が形成されシャント化する後天説が支持されており、患者に血栓傾向(凝固異常)が認められることもあります。
2. 病態生理
硬膜動静脈瘻では、硬膜動脈と静脈洞の異常交通(シャント部位)を通じて高圧の動脈血が静脈洞に直接流れ込みます。これにより静脈洞内圧が上昇し、通常は心臓方向に流れるべき静脈血が圧較差の逆転によって脳方向へ逆流する現象が生じます。
静脈洞は本来低圧の血液を流す構造のため、高い動脈圧に曝されると壁が拡張・延伸し、逆流先の細静脈も拡張・蛇行していきます。加えて、逆流した静脈血が行き場を失い局所にうっ滞すると、脳実質の浮腫や静脈性出血の原因となります。
重要: 逆流が脳実質の表在静脈(皮質静脈)に及ぶか否かが病態の重症度を左右し、脳表静脈への逆流(皮質静脈還流, cortical venous reflux: CVR)の有無が症状や予後を決定づける重要因子です。
実際、CVRを伴う症例では年次出血率が高く、神経機能障害をきたす"悪性"経過を辿りやすいことが知られています。逆に静脈洞のみへの流出で脳表への逆流がない場合は、血流異常が局所にとどまり重篤な脳障害を起こしにくい傾向があります。
3. 主な症状
dAVFの臨床症状は、発生部位と静脈還流動態によって多彩です。低リスク型(静脈洞のみへ流出し皮質静脈逆流のないタイプ)では、症状に乏しかったり軽度の頭痛や拍動性雑音程度に留まることもあります。
一方、高速シャント血流が存在する場合は、その乱流音が「ゴーッ」「ドクンドクン」といった拍動性の耳鳴りとして自覚されることがよく知られています。実際、横~S状静脈洞部のdAVF患者の多くは心拍と同期する耳鳴(拍動性耳鳴)を主訴とし、耳鼻科で精査後に脳血管障害が疑われるケースがあります。
また静脈洞から眼静脈への逆流を来す海綿静脈洞部dAVFでは、眼窩周囲の静脈うっ滞により眼瞼・結膜の高度な浮腫・発赤や眼球突出が生じます。これに伴い、第三~第六脳神経が圧迫されれば眼球運動障害(複視)や眼痛を生じ、重症例では眼圧上昇による視力低下や失明も起こり得ます。
早期発見のポイント: 耳鳴り症状で耳鼻科を受診したり、眼症状で眼科から紹介されることでdAVFが発見されることも少なくありません。これらの症状を軽視せず、専門医による精査を受けることが重要です。
静脈還流障害が脳実質の静脈系にまで波及すると、神経学的には多彩な局所症状が出現します。逆流血が皮質静脈に流入している場合、脳静脈圧の上昇により局所の脳循環不全や脳浮腫が生じ、これが脳虚血(静脈性梗塞)やてんかん発作の誘因となります。
実際、dAVFの初発症状として痙攣発作を起こす例も珍しくなく、けいれん重積状態で発症するケースでは脳炎やてんかん発作との鑑別が問題になります。また、慢性的な静脈高血圧が広範に及ぶと認知機能低下や性格変化、歩行障害など高次脳機能障害を呈し、一見すると神経変性疾患(認知症)と紛らわしい症例も報告されています。
治療可能な認知症: 硬膜動静脈瘻は治療可能な認知症原因の一つであり、適切に治療すれば症状が改善し得るため早期発見が重要です。硬膜動静脈瘻に起因する認知症症状は、主に脳全体のうっ血性循環障害によるものと考えられ、治療により大部分の症例で認知機能の改善が得られます。
さらに静脈うっ滞が高度となった場合、拡張した脳表静脈に静脈瘤(venous varix)が形成され破綻することで脳出血やくも膜下出血をきたすことがあります。出血はしばしば静脳室角や大脳基底核部の深部出血として発症し、意識障害や半身麻痺など重篤な神経欠損を残すことが少なくありません。
緊急性の高い病態: Borden分類III型(皮質静脈のみへ流出する型)やCognard分類IV型(静脈瘤を伴う型)のdAVFでは年間出血率が10%前後にのぼり、早期治療されない場合には死亡率も高い危険な病態です。
4. 診断
4.1 神経内科的アプローチ
dAVFは症状の多彩さゆえに初診時の鑑別診断が難しい疾患です。神経内科医の立場では、その非特異的な症状の中から本症を疑い画像検査につなげる役割が求められます。
例えば、中高年者の拍動性耳鳴に対しては耳科的疾患(中耳奇形やグロムス腫瘍など)との鑑別と同時に血管性雑音の関与を念頭に置き、頸部聴診やMRAによるスクリーニングを検討します。片眼の結膜充血・眼球突出を呈する症例では海綿静脈洞部dAVF(いわゆるBarrow分類C型の内頸動脈海綿静脈洞瘻)を疑い、眼科と連携して脳血管撮影の適応を判断します。
原因不明の脳出血や静脈洞血栓症の既往がある場合も、遅発性にdAVFを合併する可能性があり注意が必要です。また、高齢者の進行性認知症状のうち画像検査で異常な血管陰影や白質病変を認めるケースでは、dAVFを念頭に置いて検査を進めることで「治療可能な認知症」を見逃さないようにすることが神経内科医に求められます。
痙攣発作で発症した例では通常の抗てんかん薬治療を行いつつ、背景にdAVFなど構造的病変が潜む"症候性てんかん"の可能性を検討します。実際、その後の検査でdAVFによる脳静脈うっ滞が明らかとなり、抗てんかん薬ではコントロール不良だった痙攣発作がシャント閉塞術によって収束する、といった経験も報告されています。
4.2 画像診断
dAVF診断の決め手はやはり画像検査です。まず非侵襲的なMRI/MRAがスクリーニングとして施行されます。MRA(MRアンギオグラフィ)では動静脈シャントによる早期静脈描出や流入動脈の怒張などが手がかりとなります。
特に時間飛躍法MRAや4D-MRAでは、動脈相から静脈相への移行期に本来写るべきでない静脈構造が造影される異常所見としてdAVFを疑うことができます。またMRI(T2強調像やFLAIR像)では、脳深部の高信号域(静脈うっ滞による浮腫)や拡張した皮質静脈の流空(flow void)をとらえられる場合があります。
頭部CTはdAVF自体の直接診断には感度が低いものの、脳出血の有無や石灰化を伴う静脈瘤の評価に有用です。また造影CT(CTA)では、早期静脈還流所見(動脈相で静脈洞が造影される所見)や異常血管塊の存在を描出できることがあります。
確定診断の重要性: 確定診断および治療計画立案のためには脳血管カテーテル造影(DSA)が必須です。DSAにより流入動脈(feeding artery)と流出静脈の詳細、ならびに静脈逆流の程度を把握することができます。
とくに「どの静脈洞に排出され、皮質静脈への逆流があるか」「静脈洞が閉塞し孤立(isolated sinus)していないか」「静脈瘤の有無」などの所見はBorden/Cognard分類による重症度評価に直結します。
5. 分類
dAVFの分類にはいくつかの方式がありますが、臨床的に広く用いられるのがBorden分類とCognard分類です。両者とも静脈還流経路(venous drainage)の形態に着目したもので、シャントの危険度(悪性度)を予測する目的で使用されます。

Borden分類(1995年提唱)
- Type I: 硬膜静脈洞(または硬膜静脈)へのみ流出し、皮質静脈への逆流(CVR)がないタイプ。静脈還流は正常方向(順行性)のみで脳へのうっ滞がないため良性とされ、拍動性雑音(耳鳴)以外の深刻な症状を来すことはまれです。出血リスクも極めて低く、症状が軽微なら経過観察されることもあります。
- Type II: 静脈洞への流出に加え、皮質静脈への逆流(CVR)を伴うタイプ。まだ一部には正常な静脈流出路が残存するケースが多く、症状は局所脳圧の亢進による頭痛や軽度の神経症状など中間的ですが、出血や麻痺など重篤例もあり注意を要します。
- Type III: 皮質静脈へのみ流出し正常静脈洞への流出が閉塞しているタイプ。脳表静脈に逆流のみが残るため脳への静脈圧負荷が極めて高く、悪性の経過を辿ります。高度な静脈うっ滞による神経脱落症状や脳出血の危険が高く、早期治療が推奨されます。
Cognard分類(1995年発表)
一方、Cognard分類はより細かく5タイプ(I~V)に分類され、特にType IIをIIa/IIb/IIa+bに細分類している点が特徴です。主な内容は以下の通りです。
- Type I: 静脈洞へ順行性に流出し、CVRがない(=Borden I型に相当)。臨床的に非侵襲的で多くは良性経過です。
- Type IIa: 静脈洞へ流出するが流れが部分的に逆行している(静脈洞内逆流あり)タイプ。CVRは伴わない点で良性型ですが、静脈洞狭窄や高シャント量により静脈洞内で血流が鬱滞した状態です。
- Type IIb: 静脈洞流出に加えてCVRを伴うタイプ(=Borden II型に相当)。
- Type III: 皮質静脈のみに流出するタイプ(=Borden III型相当)。孤立静脈洞(isolated sinus)といって、シャント近位側の静脈洞が閉塞し皮質静脈だけが排出路となっている場合も含まれます。
- Type IV: 皮質静脈に流出+静脈瘤(venous ectasia)形成ありのタイプ。流出静脈の一部が5mm以上に拡張した場合に静脈瘤ありと定義され、高度のうっ滞が示唆されます。出血・神経症状リスクが極めて高く、97%に侵襲的症状がみられたとの報告があります。
治療適応の判断: 両分類ともCVRの有無が重症度判定のキーポイントであり、治療適応の判断にも用いられます。一般にBorden I型/Cognard I, IIa型は非侵襲的で予後良好な経過を辿りやすいのに対し、Borden II, III型/Cognard IIb以上では侵襲的症状(進行性神経障害や出血)の頻度が飛躍的に上昇します。
6. 治療戦略
dAVFの治療は血管内治療(IVR: intravascular therapy)が中心となります。これはカテーテルという細い管を経皮的(主に大腿動静脈から)に挿入し、シャント部に到達させて塞栓物質を注入する方法です。
治療効果: 近年の技術進歩により、dAVFの治療効果は極めて高く、適切に計画・実行されれば1回の治療で90%以上の症例は完治しうると報告されています。一方で、シャント閉塞が不完全だと残存シャントが再発・増悪する懸念があるため、治療では完全閉塞(cure)を目指すことが原則となります。
血管内治療のアプローチ
血管内治療のアプローチには大きく経動脈的塞栓術(trans-arterial embolization: TAE)と経静脈的塞栓術(trans-venous embolization: TVE)があります。
TAEは主に流入動脈側からシャントを詰める手技で、マイクロカテーテルを硬膜動脈の末梢まで進めて、接着性塞栓材(NBCAグルーなどのアクリル系モノマー)や非接着性塞栓材(ONYX〈エチレンビニルアルコール共重合体+造影剤〉など)を注入し、異常血管網を充填閉塞します。
一方、TVEは静脈洞側からコイルなどでシャント閉鎖を狙う方法で、横静脈洞や海綿静脈洞など比較的太い静脈洞内にシャントがある場合に用いられます。TVEではカテーテルを静脈経路(例:内頸静脈→硬膜静脈洞、あるいは眼静脈など)で患部まで進め、シャント部位の静脈洞内に白金コイルを高密度に詰めて血流を遮断します。
海綿静脈洞部dAVF(CCF間接型)では下錐体静脈洞や上眼静脈経由で海綿洞に到達しコイル塞栓するのが典型的治療であり、これにより90%以上でシャント閉鎖・眼症状の軽快が得られます。
治療計画の重要性: 血管内治療では塞栓部位と範囲の適切な計画が重要です。不適切な部分塞栓により逆流路のみが遮断されると、かえって静脈圧が上昇し他の逆流路が悪化する恐れがあります。
外科的治療
外科的治療(開頭直達手術)は現在ではIVRに比べ少数派ですが、特定の部位では有効な選択肢です。例えば、前頭蓋底部(蓋脈洞部)dAVFやテント切痕部dAVFでは栄養血管が細小かつ蛇行してカテーテル到達困難な場合が多く、開頭下に硬膜静脈洞を直視下で遮断・切離する手術が選択されることがあります。
保存的治療
保存的治療(経過観察)は、無症状ないし軽症状で良性シャントと判断されるケースで考慮されます。具体的にはBorden I型/Cognard I, IIa型で患者のQOLを著しく損ねる症状がない場合や、重篤な合併症のため侵襲的治療のリスクが非常に高い場合などです。
経過観察とする際も定期的に画像フォロー(少なくともMRI/MRA、可能ならDSA)を行い、病態の進行(新たな静脈逆流の出現や血栓形成)がないか注意深く監視します。
7. 神経内科としての役割
dAVF患者の診療には、脳神経外科・放射線科・神経内科など多職種の連携が欠かせません。神経内科医は初期診療の場で本症を疑い診断に結びつける役割に加え、治療適応の判断や周術期管理、長期フォローアップの面で重要な役割を担います。
具体的には、原因不明の脳症状や特徴的な耳鳴・眼症状をみたらdAVFを念頭に置いて速やかに画像検査に繋げること、検査で疑わしければ専門部署(脳血管内治療医や脳神経外科医)へコンサルトすることが肝要です。
特に皮質静脈逆流の有無や出血の有無から治療の緊急度を神経内科医が正しく評価し、患者に必要性を説明して合意を得ることが望まれます。また高齢者では合併症(心肺機能や凝固異常など)を有する場合も多く、治療リスク評価や内科的管理の面で神経内科医がサポートします。
長期管理の重要性: dAVFは初期治療が功を奏せば劇的な症状改善も期待できる疾患であり、神経内科医がそのチャンスを逃さず患者を適切な治療へ導くことが重要です。一方で、長期に高度な後遺症が残った症例では、リハビリテーションやてんかん・高次脳機能障害の薬物管理など神経内科領域でのフォローも欠かせません。
さらにdAVF患者では別部位に新たな瘻を生じる報告もあり、長期経過中に神経内科医が主体となって定期画像検査や症状聴取を継続し、再発の早期発見に努めることが推奨されます。
8. 予後とフォローアップ
未治療dAVFの予後は静脈還流病態に大きく左右されます。皮質静脈逆流を伴うdAVFは放置すると年10%以上の確率で脳出血または永続的神経障害を起こすとされ(年間出血率6~13%との報告多数)、極めて予後不良です。
緊急治療の必要性: 特に出血で発症したdAVFは2週間以内の早期再出血リスクが高いとの報告があり、早急な介入が必要です。
一方、皮質静脈逆流のないdAVFでは自然経過で侵襲的イベントを起こすリスクは低く、ある報告ではBorden I型の年間出血率0%が示されています。しかしながら症状の進行やシャントの悪性化(静脈洞狭窄の進行による新たな逆流経路の出現)は起こり得るため、非治療経過とする場合も厳重なフォローアップが重要です。
治療が成功すれば、dAVF患者の予後は大きく改善します。シャント閉塞後はうっ滞血の排泄が進み、症状が劇的に改善するケースも少なくありません(例:治療可能な認知症の寛解、てんかん発作の消失など)。一方で重度の静脈圧負荷にさらされた症例では、治療後も脳実質の不可逆的な障害(認知機能低下・歩行障害・持続するてんかん など)が残存する場合があります。
治療後の再発については、適切な治療で完全閉塞が得られた場合頻度は高くありませんが、文献上2~14%程度の再発率が報告されています。特に静脈洞に血栓が残存する例では、別の硬膜動脈から再交通が生じ新たなシャント形成が起こる場合があります。
フォローアップ管理: 治療後は定期的に画像フォローを行い、半年~1年後にDSAまたはMRAでシャント再開通の有無を確認することが推奨されます。再発が疑われた場合には早期に再治療を検討し、症状出現前に確実に閉塞させることが重要です。
9. 参考文献
- [要出典] 金丸和也,他. 脳循環,静脈還流の視点から硬膜動静脈瘻の病態を診る. 日本脳神経血管内治療学会雑誌 2020;5:29-35.
- [要出典] 秋山武紀. 病態から考える頭蓋内硬膜動静脈瘻の診断と治療. Neurological Surgery 脳神経外科 2019;47:805-812.
- [要出典] 里見淳一郎,他. 脳硬膜動静脈瘻の疫学・成因. BRAIN and NERVE 2008;60:883-886.
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- [要出典] Cognard C, et al. (1995). Cerebral dural arteriovenous fistulas: clinical and angiographic correlation with a revised classification. Radiology 194:671-680.
- [要出典] Duffau H, et al. (1999). Dural arteriovenous fistulas: a review. J Neurol Neurosurg Psychiatry 66:144-148.
- [要出典] 日本脳神経外科学会・日本脳神経血管内治療学会. 脳血管障害診療ガイドライン 2015; pp.317-320. (硬膜動静脈瘻)