橋背側梗塞による同側性味覚障害:文献レビュー

スライド

橋背側梗塞による味覚障害 - モバイルプレゼンテーション | Claude | Claude

音声概要

橋梗塞味覚0624.mp3 - Google ドライブ

確認クイズ

橋背側梗塞による同側性味覚障害 クイズ | Claude | Claude

作者コメント

同側の味が半分分からないっていう珍しい脳梗塞を同僚が経験したので調べてみました。片側の味覚障害は脳卒中を念頭におくのは大事ですね!

診察室で、舌を出して『味がわからない…』と訴える男性患者に対し、白衣姿の医師が味覚検査用スワブをかざしているイラスト

味がわからないと訴える患者に対して味覚検査を行う脳神経内科医

1. はじめに

味覚障害は、糖尿病や薬剤性、副鼻腔炎など様々な原因で生じうる症状ですが、中枢神経系の病変によるものは比較的まれで見逃されやすい傾向があります。特に脳幹の病変では、他の神経症候の陰に隠れて味覚異常が見過ごされることも少なくありません。

📋 重要ポイント
脳幹(橋)背側部の脳梗塞や出血では、病変と同じ側(同側性)の舌の味覚が低下または消失する「半側味覚消失(hemiageusia)」が生じることが知られており、神経学的局在診断の手がかりとなります。

本記事では、文献に報告された複数の症例にもとづき、橋背側の脳卒中による同側性味覚障害について概説します。また、味覚伝導路の解剖学的特徴を舌から大脳皮質まで詳述し、橋以外の部位の病変による味覚障害との比較、味覚障害の臨床評価法、および局在診断における意義について述べます。

2. 味覚伝導路:舌から脳へ

ヒトの味覚情報は、末梢の味蕾から脳幹を経て大脳皮質に至る経路で伝達されます。

味覚神経の詳細な走行

末梢の味覚神経

  • 顔面神経(VII):舌前2/3は鼓索神経、軟口蓋は大錐体神経
  • 舌咽神経(IX):舌後1/3
  • 迷走神経(X):咽頭後壁・喉頭蓋

中枢への伝導経路

これらの一次ニューロンは延髄の孤束核(味覚野)でシナプスを形成します。その後、二次ニューロンの軸索は中心被蓋路とも呼ばれる橋背側の経路を上行し、ほぼ同側性に橋から中脳へ上って視床に至ります。

⚠️ 交叉に関する注意
ヒトでは味覚線維の交叉は明確ではありませんが、近年の症例報告から中脳レベルで交叉する可能性が高いと考えられています。

視床の腹側後内側核(VPM)で中継した三次ニューロンは内包後脚を通って大脳皮質の一次味覚野に投射します。一次味覚野は島皮質前部から前頭葉弁蓋部にかけて存在し、味の基本的な質(甘味・塩味・酸味・苦味・うま味)や強度を認識します。

3. 橋背側病変による同側性味覚障害の症例 症例報告

橋の背側部(被蓋部)には味覚伝導路(孤束核から視床へ向かう二次ニューロン経路、いわゆる橋味覚野)が走行しています。この領域が脳卒中で損傷されると、病変と同側の舌半分の味覚が低下・消失することが報告されています。

代表的な症例報告

報告者・年 症例概要 主な所見
Nakajima et al.2 (1983) 60歳男性、右橋被蓋部の高血圧性小出血 右舌の味覚消失(世界初の中枢性半側味覚障害報告)
Goto et al.3 (1983) 橋出血症例の病理学的検討 橋被蓋部における味覚線維の走行を解明
Sunada et al.4 (1995) 小橋出血症例 MRIで病変部位を特定、味覚中枢路の部分障害と診断
Landis et al.1 (2006) 右橋背側部~中小脳脚の梗塞 一過性の右舌前2/3の味覚消失、AICA症候群の一部
竹内ら9 (2006) 左橋腕傍部の小梗塞 味覚障害のみで発症、左舌の半側性味覚障害
外側橋症候群(AICA梗塞)の典型症状

前下小脳動脈(AICA)領域の梗塞による外側橋症候群では、以下の症状が組み合わさって出現します:

  • 患側の顔面麻痺
  • 感音性難聴
  • 小脳失調
  • 舌前2/3の味覚低下(鼓索神経領域)
  • 顔面の知覚・運動障害

佐藤らの症例8では、これらの症状が同時に出現したケースが報告されています。

4. 他部位の病変による味覚障害:局在部位による比較

中枢性味覚障害は、橋以外の病変でも生じることがあります。しかし、その症状の現れ方(同側か反対側か、片側か両側か)は病変部位によって異なります。

病変部位 味覚障害の特徴 その他の特徴
延髄 同側の舌の味覚低下 Wallenberg症候群の一部、臨床的には軽微で自覚しないことも多い
同側の舌の味覚低下・消失 最も明瞭な半側味覚障害を呈する
中脳 同側性または反対側性(混在) 交叉部位のため症状は一定しない
視床 両側性の味覚機能低下が多い 食欲不振、嗅覚低下も伴いやすい
内包・放線冠 反対側の舌の味覚障害 他の症状(片麻痺等)が前景に立つ
大脳皮質(島皮質) 両側性の軽度味覚低下 味覚過敏や食物嗜好の変化も起こりうる
📋 局在診断のポイント
橋より下位の病変(延髄・橋):主に同側性の味覚障害
橋より上位の病変(中脳・視床・大脳皮質):反対側または両側性の味覚障害
• 「一側の味覚が分からない」という訴えは特に橋~延髄の病変を示唆

5. 味覚障害の臨床評価法

中枢性の味覚障害が疑われる場合、適切な検査によってその程度や分布を評価することが重要です。

▶ スクリーニング検査

ベッドサイドで簡易に行う検査として、綿棒等に染み込ませた味覚溶液を患者の舌の左右両側に塗布し、味の種類を答えさせたり左右差を尋ねる方法があります。

▶ 電気味覚検査(電気味覚計)

電気味覚検査の詳細

舌に微弱な直流電流を流し、金属様の味(電気味)を感じる最小電流を測定する定量検査法です。

  • 検査領域:鼓索神経領域、舌咽神経領域、大錐体神経領域の左右計6か所
  • 利点:刺激強度を細かく変えて閾値を定量評価できる
  • 欠点:味質(甘い・苦い等)の識別検査はできない

▶ 濾紙ディスク法(味覚ディスク法)

日本で保険収載されている標準的な味覚検査法です。基本4味(甘味・塩味・酸味・苦味)の試験液に浸した直径5mmのろ紙ディスクを用いて評価します。

⚠️ 検査時の注意
• 味覚障害の原因には亜鉛欠乏症など代謝性要因もあるため、必要に応じて血清亜鉛測定も考慮
• 亜鉛欠乏による味覚障害は両側性を呈しやすく、中枢性(片側性)との鑑別が重要

6. 局在診断上の意義と留意点

🚨 片側の味覚障害を認めた場合
舌の片側だけ味がしないという訴えがある場合、末梢よりむしろ中枢(延髄~橋)の障害を疑うべきです。頭部MRIなどで橋背側の病変を念頭に置いた評価を行いましょう。

▶ 味覚障害評価の留意点

見逃しやすい理由と対策

見逃しやすい理由

  • 他の脳神経症状に比べて軽視されがち
  • 患者自身も自覚していないことがある
  • 軽度の両側性味覚低下は「隠れた症候」となりやすい

鑑別すべき病態

  • 舌痛症や口腔内の不快感を「味がおかしい」と表現するケース
  • 舌の三叉神経知覚の障害を味覚障害と感じているケース
  • 心因性要因の関与

評価のポイント

味覚障害を評価する際には触覚・痛覚など三叉神経の舌知覚も併せて検査し、味覚固有の異常なのかを確認することが重要です。

▶ QOLへの影響と対応

味覚障害は患者のQOLに影響し得る症状です。味が感じにくいと食欲低下や栄養状態の悪化を招くこともあります。幸い、中枢性の味覚障害は時間経過とともに改善する例も多く報告されていますが、改善までの間に味付けの工夫や亜鉛補充など対症療法を検討することもあります。

7. おわりに

橋背側の脳梗塞による同側性味覚障害は頻度こそ高くありませんが、中枢神経系の味覚伝導路を理解する上で示唆に富む症候です。一側の味覚消失が見られた際には、末梢神経障害だけでなく中枢病変、とりわけ橋や延髄の小梗塞・小出血を念頭に置いた診断アプローチが重要となります。

📋 臨床へのメッセージ
味覚障害は見逃されやすい症状ではありますが、本記事で取り上げた文献症例や解剖知見を踏まえ、臨床現場で神経内科医が適切に味覚機能を評価し、神経学的所見として活用されることを期待します。

参考文献

  1. [要出典] Landis BN, Leuchter I, San Millán Ruíz D, Lacroix JS, Landis T. Transient hemiageusia in cerebrovascular lateral pontine lesions. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2006;77(5):680-683.
  2. [要出典] Nakajima Y, Utsumi H, Takahashi H. Ipsilateral disturbance of taste due to pontine haemorrhage. J Neurol. 1983;229(2):133-136.
  3. [要出典] Goto N, Yamamoto T, Kaneko M, et al. Primary pontine hemorrhage and gustatory disturbance: clinicoanatomic study. Stroke. 1983;14(4):507-511.
  4. [要出典] Sunada I, Akano Y, Yamamoto S, et al. Pontine haemorrhage causing disturbance of taste. Neuroradiology. 1995;37(8):659.
  5. [要出典] Onoda K, Ikeda M. Gustatory disturbance due to cerebrovascular disorder. Laryngoscope. 1999;109(1):123-128.
  6. [要出典] Uesaka Y, Nose H, Ida M, et al. The pathway of gustatory fibers of the human ascends ipsilaterally in the pons. Neurology. 1998;50(3):827-828.
  7. [要出典] Shikama Y, Kato T, Nagaoka U, et al. Localization of the gustatory pathway in the human midbrain. Neurosci Lett. 1996;218(3):198-200.
  8. [要出典] 佐藤勝明, 新田永俊. 橋病変と同側の味覚障害, 感音性難聴, 顔面感覚運動障害を呈した1例. 臨床神経学. 2000;40:487-490.
  9. [要出典] Takeuchi S, Takasato Y, Masaoka H, et al. 味覚障害のみで発症した橋梗塞の1例 (A case of gustatory disturbance caused by pontine infarction). Brain Nerve. 2006;58(11):1005-1007.
  10. [要出典] Heckmann JG, Stössel C, Lang CJ, et al. Taste disorders in acute stroke: a prospective observational study in 102 patients. Stroke. 2005;36(8):1690-1694.
  11. [要出典] Pritchard TC, Macaluso DA, Eslinger PJ. Taste perception in patients with insular cortex lesions. Behav Neurosci. 1999;113(4):663-671.
  12. [要出典] Mak YE, Simmons KB, Gitelman DR, et al. Taste and olfactory intensity perception changes following left insular stroke. Behav Neurosci. 2005;119(6):1693-1700.