スルバシリン®(一般名:アンピシリン・スルバクタム、略語 ABPC/SBT、商品名 ユナシン®S)は、病棟でもっとも使われるβラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系抗菌薬の一つです。研修医・看護師・薬剤師が「投与量は?腎機能で減らす?溶解は?何に効いて何に効かない?」と最初に迷う薬でもあります。本記事は、まず冒頭の「30秒早見表」で実務に必要な数字を即座に確認でき、続けて使いどころまで理解できる構成にしました。
後半では、誤嚥性肺炎・蜂窩織炎での位置づけ、ゾシン(PIPC/TAZ)やセフトリアキソン(CTRX)との使い分け、そしてESBL・緑膿菌・腸球菌といった「効かない菌」まで、2025年の最新の日本の大規模データを交えて脳神経内科医がやさしく整理します。投与量・腎機能調整は添付文書とサンフォードガイドの数値に基づいて記載しています。
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| 項目 | 内容 |
| 一般名 / 略語 | アンピシリン・スルバクタム(ABPC/SBT)。2:1配合のβラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系抗菌薬 |
| 主な商品名 | ユナシン®S、スルバシリン®、ピシリバクタ®、ピスルシン® など(いずれもABPC/SBT) |
| 代表的な投与量(成人) | 1日6g 分2(点滴静注/静注)。重症時は1回3g×1日4回まで(1日12g 上限)。膀胱炎は1日3g 分2 |
| 小児 | 1日60〜150mg/kg を3〜4回に分割 |
| 溶解 | 注射用水・生理食塩液・ブドウ糖注射液に溶解。静注は緩徐に、点滴は補液に溶解して投与 |
| 腎機能調整 | 腎排泄型。Ccr低下時は投与間隔を延長(下表参照)。透析日は透析後に投与 |
| よく効く | MSSA、レンサ球菌・肺炎球菌、口腔内嫌気性菌、インフルエンザ菌・モラクセラ、(ESBL非産生の)大腸菌・プロテウス |
| 効かない(要注意) | ESBL産生菌・緑膿菌・腸球菌(E. faecium)・MRSA には信頼して使えない |
💡 ひとことで:スルバシリン®は「口腔内・市中グラム陰性桿菌・嫌気性菌をまとめてカバーする、誤嚥性肺炎や皮膚軟部組織感染の主力」。ただし緑膿菌・ESBL・腸球菌・MRSAはカバー外と覚えると使い分けがすっきりします。
目次
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1. スルバシリン®とは ― ABPC/SBT の中身とβラクタマーゼ阻害

スルバシリン®の中身は、アンピシリン(ABPC)とスルバクタム(SBT)を2:1で配合した注射用抗菌薬です。略語の ABPC/SBT はこの2成分を表しています。
アンピシリンは古典的な広域スペクトラムのペニシリン系抗菌薬(アミノペニシリン)ですが、多くの細菌が産生するβラクタマーゼという酵素で分解されてしまい、単独では効きにくい菌が増えています。そこに加えたスルバクタムは、自身に強い抗菌力はないもののβラクタマーゼを「身代わり」として阻害し、アンピシリンが分解されるのを防ぎます。これにより、ペニシリナーゼ産生のMSSA(黄色ブドウ球菌)、βラクタマーゼ産生のインフルエンザ菌・モラクセラ、口腔内の嫌気性菌などに活性が回復します。
📌 ポイント:スルバクタムが阻害できるのはあくまで一部のβラクタマーゼです。後述のESBL(基質拡張型βラクタマーゼ)や、緑膿菌が持つ酵素には十分対応できません。「βラクタマーゼ阻害薬入り=何でも効く」ではない点が、使い分けの出発点になります。
2. 抗菌スペクトラム ― 効く菌・「効かない菌」
スルバシリン®を使いこなす鍵は、「効く範囲」と「効かない範囲」をセットで覚えることです。添付文書の適応菌種とガイドラインの整理をもとにまとめます。
| ✅ よく効く(カバーする) | ⚠️ 効かない・信頼できない |
|
・MSSA(メチシリン感性黄色ブドウ球菌) ・レンサ球菌、肺炎球菌 ・口腔内嫌気性菌(誤嚥・歯性感染) ・インフルエンザ菌、モラクセラ・カタラーリス ・ESBL非産生の大腸菌・プロテウス |
・緑膿菌(抗緑膿菌活性なし) ・ESBL産生菌(スルバクタムでは阻害しきれない) ・腸球菌 E. faecium(E. faecalisには活性あり) ・MRSA ・非定型病原体(マイコプラズマ・レジオネラ 等) |
つまりスルバシリン®は、市中で遭遇する口腔内常在菌・腸内グラム陰性桿菌・嫌気性菌をバランスよくカバーする一方、院内の耐性菌(緑膿菌・ESBL・MRSA)には頼れないという性格です。総説でも、下気道感染・腹腔内感染・皮膚軟部組織感染など幅広い領域での有用性が整理されています4。
3. 適応と臨床での使いどころ
添付文書上の適応症は肺炎・肺膿瘍・膀胱炎・腹膜炎です。実臨床では、嫌気性菌と口腔内・市中グラム陰性桿菌を同時にカバーしたい場面で広く使われます。
3-1. 誤嚥性肺炎 ― もっとも代表的な使いどころ
口腔内の嫌気性菌と連鎖球菌をまとめてカバーできるため、誤嚥性肺炎はスルバシリン®の代表的な適応です。誤嚥性肺炎・肺膿瘍を対象としたランダム化比較試験では、ABPC/SBTはモキシフロキサシンと臨床奏効率が同等(ともに66.7%)でした3。日本の大規模データについては第5章で詳しく扱います。
3-2. 蜂窩織炎・皮膚軟部組織感染
MSSAと連鎖球菌をカバーするため、蜂窩織炎をはじめとする皮膚軟部組織感染でも選択肢になります(咬傷後感染など口腔内菌の関与が想定される場面で特に有用)。ただしMRSAリスクが高い場合は別途カバーが必要です4。
3-3. 腹腔内感染・尿路感染
腸内グラム陰性桿菌+嫌気性菌を想定する腹腔内感染や、ESBL非産生菌による尿路感染(膀胱炎)でも使われます。ただし重症・院内発症でESBLや緑膿菌のリスクがある場合は、より広域な薬剤(ゾシン等)を検討します。
4. 投与量・希釈・腎機能別調整

成人の標準は1日6g(力価)を分2で点滴静注/静注。重症感染症では1回3gを1日4回(1日12g)まで増量できます。膀胱炎は1日3g 分2。小児は1日60〜150mg/kgを3〜4回に分割します(いずれも添付文書)。溶解は注射用水・生理食塩液・ブドウ糖注射液で行い、静注は緩徐に、点滴は補液に溶解して投与します。
4-1. 腎機能(Ccr)別の投与調整
ABPC/SBTは腎排泄型のため、腎機能低下時は主に投与間隔を延長して調整します。以下はサンフォード感染症治療ガイド2020に基づく目安です(1回3gを基準)11。
| クレアチニンクリアランス(mL/分) | 1回量 | 投与間隔 |
| 50以上 | 3g | 6時間ごと |
| 30〜50 | 3g | 6〜8時間ごと |
| 15〜30 | 3g | 12時間ごと |
| 15未満 | 3g | 24時間ごと |
| 血液透析(HD) | 3g | 24時間ごと(透析日は透析後に投与) |
⚠️ 注意:上表は代表的な目安です。実際の投与設計は施設の基準・最新の添付文書・各種投与量計算ツール(HOKUTO等)で必ず確認してください12。アンピシリンは点滴時にナトリウム負荷となるため、心不全・腎不全例では水分・電解質にも留意します。
5. 使い分け ― ゾシン・セフトリアキソンとの選択
「スルバシリン®か、セフトリアキソン(CTRX)か、ゾシン(PIPC/TAZ)か」は、病棟で頻繁に迷う選択です。整理すると次のようになります。
| 薬剤 | 嫌気性菌 | 緑膿菌 | 主な使いどころ |
| スルバシリン® (ABPC/SBT) |
○ | × | 誤嚥性肺炎・市中の腹腔内/皮膚軟部組織 |
| セフトリアキソン (CTRX) |
×(弱い) | × | 市中肺炎・腎盂腎炎・髄膜炎(1日1回で利便性) |
| ゾシン (PIPC/TAZ) |
○ | ○ | 院内/重症・緑膿菌リスクのある広域カバー |
大まかには、嫌気性菌カバーが欲しいがまだ緑膿菌は不要 → スルバシリン®、緑膿菌リスクまでカバーしたい → ゾシン、髄膜炎や1日1回の利便性 → セフトリアキソン、というすみ分けになります。
5-1. 誤嚥性肺炎で「ABPC/SBT vs セフトリアキソン」どちらが良い?
ここは2025年に日本から相反する大規模データが出た、いま最もホットな論点です。
- 誤嚥性肺炎を対象とした全国DPC研究(約55万例)では、ABPC/SBTは第3世代セフェムより院内死亡が低く(14.6% vs 16.4%)、C. difficile感染も少なかったと報告されました1。
- 一方、高齢者の市中肺炎を対象とした全国DPC研究(約2.7万例)では、ABPC/SBTはセフトリアキソンより院内死亡が高かった(10.5% vs 9.0%、調整OR 1.19)とされ、誤嚥リスク保有者でも同様でした2。
- 誤嚥関連肺炎の観察研究5や非誤嚥CAPの準ランダム化試験6では、両者に明確な差はありませんでした。
💡 読み解き方:結論は「対象集団によって変わる」のが実情です。明らかな誤嚥・肺膿瘍など嫌気性菌の関与が濃い症例ではABPC/SBTが理にかなう一方、嫌気性カバーの必要性が乏しい高齢CAPでルーティンに広域化すると、かえって不利になりうることを最新データは示唆します。「誤嚥リスク=自動的にABPC/SBT」ではなく、嫌気性菌の関与・施設の感受性・ガイドラインを踏まえて選ぶ、という現代的な姿勢が大切です。
6. 副作用・注意点・ペニシリンアレルギー

- 過敏反応:βラクタム系のため、ペニシリンアレルギーの既往がある患者では交差反応に注意。アナフィラキシーの既往があれば原則回避します。
- 消化器症状・C. difficile:下痢・偽膜性大腸炎に注意。なお誤嚥性肺炎ではセフェムよりC. difficileが少なかったとの報告もあります1。
- 肝機能・血液:肝酵素上昇、まれに好酸球増多・血球減少。長期投与時は定期モニタリングを。
- 皮疹:伝染性単核球症(EBウイルス感染)にアンピシリンを投与すると高率に皮疹が出るため、咽頭炎では鑑別に注意。
- ナトリウム負荷:注射用ナトリウム塩のため、心不全・腎不全例では電解質・体液量に配慮します。
🩺 まとめ
スルバシリン®(ABPC/SBT)は、口腔内・市中グラム陰性桿菌・嫌気性菌をバランスよくカバーする誤嚥性肺炎・皮膚軟部組織感染の主力です。投与量は1日6g 分2(重症12gまで)、腎機能低下時は投与間隔を延長。緑膿菌・ESBL・腸球菌(faecium)・MRSAはカバー外であり、緑膿菌リスクならゾシン、髄膜炎や1日1回ならセフトリアキソンと使い分けます。2025年の最新データは、誤嚥性肺炎での有用性を支持しつつ、高齢CAPでの安易な広域化には慎重を促しています。
よくある質問(FAQ)
Q1. スルバシリンの略語は?
A. ABPC/SBT(アンピシリン/スルバクタム)です。アンピシリン(ABPC)とスルバクタム(SBT)を2:1で配合した注射用のペニシリン系抗菌薬を指します。
Q2. ユナシンとスルバシリンの違いは?
A. どちらも中身は同じアンピシリン・スルバクタム(ABPC/SBT)で、商品名が違うだけです。ユナシン®Sが先発、スルバシリン®・ピシリバクタ®・ピスルシン®などは同成分の製品です。
Q3. 腎機能が低下しているときの投与量は?
A. 腎排泄型のため、主に投与間隔を延長します。目安としてCcr 15〜30で3g 12時間ごと、Ccr 15未満や透析で3g 24時間ごと(透析日は透析後)です11。施設基準・添付文書で必ず確認してください。
Q4. 誤嚥性肺炎にスルバシリンは使える?
A. はい、代表的な適応です。口腔内嫌気性菌をカバーでき、日本の大規模研究でも第3世代セフェムに比べ誤嚥性肺炎で良好な成績が報告されています1。ただし高齢CAPでは集団により結論が異なるため、嫌気性菌の関与を見極めて選択します2。
Q5. ESBL産生菌や緑膿菌に効きますか?
A. いいえ、信頼して使えません。スルバクタムはESBLを十分に阻害できず、ABPC/SBTには抗緑膿菌活性もありません。これらが疑われる場合はゾシンやカルバペネムなどを検討します。
Q6. 1回量・投与間隔は6時間ごとですか?
A. 添付文書の標準は1日6g 分2(重症時は1回3g×1日4回=6時間ごと、1日12gまで)です。腎機能に応じて間隔を延長します。
Q7. ペニシリンアレルギーでも使えますか?
A. βラクタム系のため、ペニシリンアレルギー(特にアナフィラキシー既往)では原則避けます。アレルギーの内容・重症度を確認のうえ判断してください。
Q8. スルバシリンとゾシンはどう使い分ける?
A. 緑膿菌カバーが必要かどうかが分岐点です。市中の誤嚥性肺炎など緑膿菌が不要ならスルバシリン®、院内発症・重症で緑膿菌リスクがあればゾシン(PIPC/TAZ)を選びます。
参考文献
- Taniguchi J, et al. Ampicillin-sulbactam versus third-generation cephalosporins in aspiration pneumonia: A nationwide retrospective cohort study. Respir Med. 2025;247:108276. doi:10.1016/j.rmed.2025.108276
- Yamamoto S, et al. Effectiveness of Ampicillin-Sulbactam Versus Ceftriaxone for the Initial Treatment of Community-Acquired Pneumonia in Older Adults: A Target Trial Emulation Study. Open Forum Infect Dis. 2025;12(3):ofaf133. doi:10.1093/ofid/ofaf133
- Ott SR, et al. Moxifloxacin vs ampicillin/sulbactam in aspiration pneumonia and primary lung abscess. Infection. 2008;36(1):23-30. doi:10.1007/s15010-007-7043-6
- Rafailidis PI, et al. Ampicillin/sulbactam: current status in severe bacterial infections. Drugs. 2007;67(13):1829-49. doi:10.2165/00003495-200767130-00003
- Hasegawa S, et al. Ceftriaxone versus ampicillin/sulbactam for the treatment of aspiration-associated pneumonia in adults. J Comp Eff Res. 2019;8(15):1275-1284. doi:10.2217/cer-2019-0041
- Hamao N, et al. Comparison of ceftriaxone plus macrolide and ampicillin/sulbactam plus macrolide in treatment for patients with community-acquired pneumonia without risk factors for aspiration. BMC Pulm Med. 2020;20(1):160. doi:10.1186/s12890-020-01198-4
- スルバシリン®静注用 投与量(腎機能別調整:サンフォード感染症治療ガイド2020準拠). HOKUTO 抗菌薬・腎機能別投与量計算ツール. HOKUTO ABPC/SBT
- スルバシリン®静注用 添付文書(Meiji Seika ファルマ). 日経メディカル処方薬事典. 添付文書情報
今村久司(京都大学医学部卒・京都大学医学博士・神経内科専門医指導医・総合内科専門医指導医・てんかん学会専門医指導医)
※本記事は医療従事者向けの一般的な解説であり、個別の診断・治療を目的としたものではありません。投与量・適応・腎機能調整は最新の添付文書・各施設の基準・ガイドラインを必ずご確認ください。具体的な処方判断は主治医・感染症専門家にご相談ください。
