はじめに
日本では「MCIスクリーニング検査プラス(MCIプラス)」という名称で、血液中のタンパク質から軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)の可能性や将来リスクを評価する自由診療の検査が提供されています。一方、2025年には国内外でアルツハイマー病の血液バイオマーカーに関するガイドラインや規制上の動きが進みました。ここで重要なのは、市販のリスク検査、アルツハイマー病理を評価する血液バイオマーカー、MCIの臨床診断を混同しないことです。本記事では、一次資料に基づいてMCIプラスの研究的背景と現在の位置づけを整理します。
MCIプラスで測定されるタンパク質

MCIプラスは、筑波大学発のベンチャー企業MCBIが提供する自由診療の血液検査です。現行の公式説明では、9項目のタンパク質を測定し、独自の統計モデルでMCIリスクをA〜Dの4段階に示します。測定対象は、栄養、脂質代謝、炎症・免疫、凝固線溶に関係する群として説明されています[1]。
| 層 | 評価するもの | 結果の意味 |
|---|---|---|
| MCIプラス | 末梢血中の複数タンパク質を組み合わせた独自スコア | MCIの可能性・将来リスクを統計的に評価するというサービス上の指標 |
| AD病理の血液バイオマーカー | p-tau217やアミロイドβ42/40比など | 症状と客観的認知機能低下がある人で、アルツハイマー病理の評価を補助 |
| MCIの臨床診断 | 問診、客観的認知機能検査、生活機能、身体・神経診察、必要な画像・検査 | 認知機能低下の有無と原因を総合判断する診療行為 |
科学的エビデンス

筑波大学による研究
検査の研究的背景には、筑波大学とMCBIによる血清・血漿タンパク質解析があります。2015年の論文では、ApoA1、TTR、補体C3を組み合わせた研究モデルがMCI群と対照群を識別し、AUC 0.89、感度91%、特異度80%と報告されました[2]。ただし、これは研究参加者を用いて作成・評価した3タンパク質の研究モデルの成績であり、現在の市販9項目検査そのものの独立した診断精度を示す数値ではありません。
2023年には、MCBI所属研究者らが192人を対象にLC-MS/MSで候補タンパク質を検討し、認知機能低下との関連を報告しました[3]。この研究も候補パネルの探索・内部評価として重要ですが、日常診療で幅広い集団に使うには、開発元と独立した外部検証、前向き研究、臨床的有用性の確認が必要です。
他のプロテオーム研究
海外の血漿プロテオーム研究でも、MCIやアルツハイマー病に関連する多数の候補タンパク質が報告されています。しかし、研究ごとに候補や測定法が異なり、末梢血中タンパク質の変化だけで病因を特定できるわけではありません。2つの独立コホートを用いた研究でも、補体系、凝固系、脂質代謝など複数経路の候補が示されましたが、臨床診断パネルとしての標準化には至っていません[4]。
臨床研究での利用
2025年の小規模な横断的探索研究では、糖尿病と歯周炎のある29人で、歯周炎の炎症指標とMCIプラス由来のリスクスコアとの関連が検討されました[5]。これは特定集団における関連を調べた研究であり、認知機能検査やアルツハイマー病理を基準に市販検査の診断精度を確立した研究ではありません。
国際的なガイドラインとコンセンサス
日本の2025年適正使用ガイドライン
日本の6学会が監修した「認知症に関する脳脊髄液・血液バイオマーカーの適正使用ガイドライン 第3版」では、無症候者の発症前診断・予測や、客観的な認知機能低下が確認されていない人への安易な使用を不適切としています。また、血液バイオマーカーだけで診断せず、臨床所見や必要な追加検査と合わせて総合的に判断するよう求めています[6]。
米国アルツハイマー協会の2025年ガイドライン
米国アルツハイマー協会の臨床実践ガイドラインは、客観的な認知機能低下があり、アルツハイマー病が疑われ、専門医療で精査中の人を対象にしています。高性能な血液バイオマーカーは診断補助になり得ますが、包括的な臨床評価を置き換えるものではなく、市販検査の性能には大きな差があると明記されています[7]。
米国FDAは2025年5月、血漿pTau217とβアミロイド1-42の比を測定するLumipulse G検査を510(k)でクリアランスしました。対象は、症状・徴候がありアルツハイマー病評価を受ける55歳以上の成人です。FDA自身が、一般スクリーニングや単独診断を目的としないと説明しています[8]。これは「米国アルツハイマー協会が血液検査全般を55歳以上に限定した」という意味ではなく、特定機器の適応条件です。
現在注目される血液バイオマーカー
血液バイオマーカーは一括りにできません。p-tau217やアミロイドβ42/40比はアルツハイマー病理の評価を目的とする一方、NfLは原因を問わない神経軸索障害、GFAPはグリア反応を反映するため、単独でアルツハイマー病を確定する指標ではありません[6][7]。
| バイオマーカー | 特徴 | 国際的位置づけ |
|---|---|---|
| p-tau217 | アルツハイマー病理との関連が強い | 高性能検査は専門診療での診断補助になり得る |
| アミロイドβ42/40比 | アミロイド病理を反映 | 測定法ごとの性能確認が必要 |
| NfL(神経フィラメント軽鎖) | 非特異的な神経軸索障害の指標 | アルツハイマー病の単独診断には使えない |
| GFAP | グリア反応を反映 | 研究・開発段階で、追加データが必要 |
| MCIプラスの末梢血タンパク質パネル | 栄養・脂質代謝・免疫・凝固線溶などに関連 | AD病理を評価する推奨BBMとしては位置づけられていない |
評価と注意点
エビデンスの限定性
MCIプラスに関連する研究はありますが、現在の市販9項目検査について、一般人口や多様な臨床集団で、開発元と独立して診断精度・再現性・患者利益まで確認した根拠は十分とはいえません。特定の研究モデルで得られた良好な成績を、仕様の異なる現行サービスへそのまま外挿できません。
MCIプラス単独では診断できない

高リスク判定でもMCIや認知症が確定したわけではなく、低リスク判定でも症状の原因が否定されたわけではありません。物忘れが進む、同じ質問を繰り返す、仕事や家事でミスが増える、運転や金銭管理に不安がある場合は、スコアにかかわらず医療機関で評価を受けるべきです。
生活習慣改善の指標として利用する場合
運動、禁煙、節酒、適切な睡眠、高血圧・糖尿病・脂質異常症の管理、社会参加などは、検査結果にかかわらず脳と全身の健康に重要です。一方、MCIプラスのスコア変化を追うことで認知症予防効果を確認できる、という臨床的有用性は確立していません。生活習慣改善はスコアを目的にするのではなく、標準的な健康管理として行うのが妥当です。
まとめ
MCIスクリーニング検査プラスは、末梢血中の複数タンパク質から独自スコアを算出する日本発のリスク評価サービスです。関連する研究論文はありますが、研究用の3タンパク質モデルや候補パネルの成績を、現行9項目検査の確立済み診断精度とみなすことはできません。
現在の国内外ガイドラインが診断補助として扱う血液バイオマーカーは、主にp-tau217やアミロイドβ42/40比などアルツハイマー病理を評価する検査です。それらでさえ、症状と客観的認知機能低下がある人を専門的に評価する過程で用い、単独診断や一般スクリーニングには使いません。したがって、MCIプラスの結果は診断書ではなく、必要なら受診につなげる参考情報として扱うのが妥当です。