肺炎球菌性細菌性髄膜炎 – 最新ガイドラインと文献に基づく総説
📑 目次
1. 疫学
肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)は、小児から高齢者まで全年齢で細菌性髄膜炎の主要な起因菌です。ヒブ(H. influenzae b型)ワクチンの導入以降、乳幼児の髄膜炎は肺炎球菌が最多となり、生後1か月以上の小児細菌性髄膜炎の約70%が肺炎球菌によると推定されています[1]。成人でも髄膜炎菌(N. meningitidis)感染症の発生率が低い日本において、肺炎球菌は髄膜炎菌を上回り最も頻度の高い細菌性髄膜炎の原因となっています[2]。
年齢分布としては、5歳未満児の患者が全体の約80%を占め、特に生後1歳未満で約40%と発症率が高いことが報告されています[1]。小児では生後3か月以降に移行抗体が減少し易感染となることが一因と考えられます[1]。また高齢者も罹患リスクが高く、基礎疾患を有する成人や65歳以上では発症率が上昇します[3]。世界的に見ると、2019年には年間約160万例の細菌性髄膜炎が報告され、そのうち肺炎球菌性髄膜炎は主要な位置を占めています[4]。特に医療資源の乏しい低中所得国で罹患率が高く、アフリカのいわゆる「髄膜炎ベルト」では流行もみられます[5]。一方、先進国ではワクチン普及により発症率は10万人あたり0.8から0.1–0.3程度まで低下しています[6]。
代表的な新規優勢血清型は12F、15A、24Fなどであり[8]、ワクチン効果の一部相殺(いわゆる血清型置換)が課題となっています[9][10]。
地理的傾向として、肺炎球菌性髄膜炎は世界中どこでも生じうるものの、先進国ではワクチンにより大幅に低下したのに対し、ワクチン導入の遅れた地域や経済的に困難な地域で依然多くの患者と死亡者を出しています[5]。日本では2010年より小児へのPCV導入、2013年からPCV13への切替えが行われ、小児の肺炎球菌髄膜炎は年間数十例程度にまで激減しました[7]。一方で高齢者の肺炎球菌髄膜炎はワクチンの間接効果で一定の減少がみられるものの、未だ散発的に発生しています[11]。
オランダの全国コホート研究では、PCV7導入(2006年)後に成人の肺炎球菌髄膜炎発症率が10万人あたり約1.07から0.73へと低下し(2007年 vs. 2017–2018年、IRR 0.69, P<0.001)、特にPCV7型による発症は大幅に減少しました[11]。しかし同時に非ワクチン型の成人髄膜炎が増加しており(0.45→0.68/10万人、2007–2017年[11])、ワクチンの拡大適用や新規血清型を含むワクチン開発が課題となっています。
2. 病因と病態生理
肺炎球菌性髄膜炎は市中咽頭に常在する肺炎球菌が鼻咽腔から侵入し、菌血症を経て髄膜に波及する経路が典型的です。肺炎球菌は飛沫感染で人から人へ伝播し、小児ではしばしば保菌者の家族や同胞から伝播します[12]。誘因として上気道炎や副鼻腔炎、中耳炎、肺炎など先行感染の存在がしばしば認められ、これら局所感染が菌血症のきっかけとなります[13]。菌は血流に乗って側脳室の脈絡叢など血液脳関門を通過しクモ膜下腔へ達します[14]。あるいは頭蓋骨の先天性・後天性の欠損部位(頭部外傷や先天奇形による髄液漏)から隣接感染巣からの直接波及で髄膜炎を起こす場合もあります[15]。具体的には、慢性中耳炎や副鼻腔炎、乳様突起炎の炎症が骨を破壊して髄膜に達する経路や、脳外科手術後の創部感染・シャント感染など医療関連の経路も考慮すべきです[14]。
肺炎球菌の莢膜多糖体は主要な病原因子であり、莢膜が食細胞からの貪食抵抗性を付与するため、非莢膜株は病原性を示さないほど重要です[16]。現在までに100種類近い血清型が同定されています[16]が、その血清型によって菌の侵襲性や薬剤耐性傾向が異なり、流行の動向にも影響します[9][10]。例えば血清型3は被膜量が多く強い病原性を示す一方、近年増加している15Aや24Fは高度耐性菌が報告されるなど注意が必要です[17]。
肺炎球菌が髄膜に定着すると、髄膜・脳実質で激しい炎症反応が惹起されます。莢膜や細胞壁成分が放出されることで補体経路やサイトカインが活性化し、好中球の遊走、脳血管の透過性亢進、脳浮腫、凝固系活性化や血管炎が引き起こされます。この病態生理学的過程が髄膜炎の臨床症状と組織障害(神経後遺症)の原因となるため、治療では単に菌を殺すだけでなく、この炎症反応を制御することも重要です。
3. 臨床症状と診断方法
3.1 髄膜炎の主な症状
肺炎球菌性髄膜炎の症状は、他の細菌性髄膜炎と本質的に共通しています。急性発熱、頭痛、項部硬直(neck stiffness)、意識障害は細菌性髄膜炎に典型的な症候で、古典的な三徴とされています。実際、研究では95%の細菌性髄膜炎患者が発熱・頭痛・項部硬直・意識変容のうち少なくとも2つを呈すると報告されています[18]。しかし、これら症状だけではウイルス性との鑑別は困難であり、また全てが揃うとは限らないため注意が必要です[18]。嘔吐や光過敏(羞明)もしばしば認められ、中には痙攣や巣症状(局所神経脱落症状)を呈することもあります。髄膜炎菌では皮疹(点状出血班)が有名ですが、肺炎球菌髄膜炎では皮疹は通常みられません。ただし肺炎球菌髄膜炎はしばしば重篤な敗血症を伴い休克状態に陥ることもあるため全身状態の悪化に留意します。
高齢者や免疫低下宿主では症状が典型的でない場合(激しい頭痛や項部硬直を欠く)があり、意識レベル低下や錯乱のみが前景となることもあります。小児では哺乳不良や過剰な傾眠など非特異的症状に留まる場合もあり、乳児では前囟の膨隆が有用な所見です[19]。いずれにせよ、髄膜炎を疑う症状が2つ以上認められた時点で早急に診断手順を進める必要があります[20]。
髄膜炎を見逃さないため、発熱と頭痛を主訴に来院した患者では常に念頭に置き、身体診察で項部硬直やKernig徴候・Brudzinski徴候を確認します[21]。もっとも、髄膜刺激徴候が陰性であっても髄膜炎を否定はできません。疑わしい場合は腰椎穿刺(ルンバール穿刺)による髄液検査が不可欠であり[20]、髄膜炎を少しでも考える状況では躊躇なく実施すべきです。
3.2 髄液検査・培養および血液培養
腰椎穿刺による髄液検査(脳脊髄液検査:CSF検査)は細菌性髄膜炎診断の要です。理想的には抗菌薬投与前に速やかに髄液を採取し、髄液の細胞数・生化学所見、Gram染色、培養などを行います[22]。
実際、成人肺炎球菌髄膜炎の大規模コホートでは髄液初圧中央値44 cmH₂O(正常<18)、白血球数中央値2,570/μL(33%は<1000と例外もあり)、髄液蛋白中央値0.43 g/dL(=430 mg/dL)、髄液/血漿グルコース比中央値0.03と報告されています[25]。このように肺炎球菌髄膜炎では糖が著しく低下することが多い点がウイルス性髄膜炎との鑑別点です。
Gram染色ではGram陽性双球菌の検出により即座に肺炎球菌を示唆できます。肺炎球菌は対をなすランセット型の双球菌であり、採取髄液の約60–90%でGram染色陽性が得られます(抗菌薬投与前の場合)[26][27]。しかし既に抗菌薬が投与された症例では陽性率が40–60%程度に低下するため、Gram染色陰性でも細菌性を除外せず培養や他の方法で起因菌検索を続けます[27][28]。
細菌培養(髄液培養・血液培養)は起因菌同定と薬剤感受性把握のため必須です。髄液培養は無治療例で70–80%が陽性となりますが、抗菌薬投与後では50%以下に低下します[29]。したがって髄膜炎疑いでは抗菌薬投与前に可能な限り髄液採取と培養提出を行うことが推奨されます[22]。もっとも、重篤な患者では治療開始を優先しなければならないため、抗菌薬先行投与後でも陽性率が高い血液培養を必ず2セット施行します[30][31]。実際、肺炎球菌髄膜炎では約80%で血液培養が陽性となり起因菌検出に有用です[29]。
髄液培養の感度向上には十分な検体量(3〜4 mL以上)の確保と直後の培養提出が重要であり、また遠心濃縮後の沈渣から植菌することで検出率が上がるとされます[32]。採取後の髄液は室温で速やかに搬送し、培養結果は通常48時間以内に判明します[33]。培養陽性となれば菌種確定とペニシリンやセフェムに対するMIC測定が行われ、治療方針の修正(de-escalation)に役立ちます。
近年では培養陰性例や既治療例でも、リアルタイムPCRやマルチプレックスPCR(FilmArray®等)を用いて髄液から細菌DNAを検出・同定する方法も普及しつつあります[34]。これら遺伝子検査は高感度で迅速な利点がありますが専門設備を要するため、実施可能な医療機関では積極的に活用が検討されます[26]。
3.3 髄液抗原迅速検査(ICT法)の有用性と限界
細菌学的診断を迅速化する手段として、髄液中抗原の迅速検出があります。その一つである免疫クロマトグラフ法(イムノクロマト法)による肺炎球菌抗原検査(BinaxNOW®など)は、本来尿中肺炎球菌抗原検出キットとして開発されたものですが、米国では髄液検体にも適用されて有用性が報告されています[26]。このキットは肺炎球菌細胞壁のC多糖体を検出するもので全血清型の肺炎球菌に反応し、髄液への直接適用でも感度・特異度ともに高いとされています[26]。日本でも2013年に「肺炎球菌莢膜抗原定性(髄液)」として保険収載され、臨床現場で使用可能となりました[35]。
利点は検査時間15分程度と迅速で、Gram染色陰性例や髄液検査前に抗菌薬投与され培養陰性となる例でも陽性となりうる点です[28]。実際、抗原検出法(イムノクロマト法やラテックス凝集法)は抗菌薬投与後でも一定の陽性率を維持するため、髄液検査時にGram染色で菌体がみられなかった場合に補助診断として行う価値があります[28]。
したがって抗原検査は髄膜炎が強く疑われる状況でGram染色陰性の場合の補助診断として有用ですが、全例に漫然と行う必要はないと考えられます。
3.4 画像診断(CT・MRI)の役割
頭部画像検査は髄膜炎の診断において必須ではありませんが、いくつかの重要な目的があります。第一は腰椎穿刺前の安全確認です。髄膜炎患者では脳浮腫や髄膜刺激により頭蓋内圧が上昇している場合があり、脳ヘルニアのリスクが懸念されます。意識障害が重度(GCS<10程度)であったり局所神経学的兆候(片麻痺など)や乳頭浮腫がみられる場合、髄液圧シフトによる脳ヘルニアの危険性があるため腰椎穿刺前に頭部CTを撮像します[38]。一方、これらのリスク因子がない場合、画像検査を行わず迅速に穿刺すべきとのコンセンサスがあります[38]。
CT/MRIの第二の役割は髄膜炎の合併症評価です。髄膜炎経過中に意識レベルの改善不良や局所神経症状の出現があれば、脳膿瘍や硬膜下水腫、静脈洞血栓症、脳梗塞、出血、水頭症などの合併を疑い、画像検査で評価します。MRIは髄膜の造影増強や脳実質病変の描出に優れるため、可能であれば施行が望まれます。肺炎球菌髄膜炎では血管炎による脳梗塞や脳底部への炎症波及による水頭症が比較的高頻度に起こりえます。また内耳や側頭骨への炎症から難聴や乳突蜂巣の炎症を生じていないかを確認する目的でもMRI・CTは有用です。以上より、画像検査は髄膜炎の原因検索や合併症の評価に用いられ、治療前評価は選択的に行うという位置づけになります[14][40]。
4. 治療
4.1 初期治療(経験的治療)
細菌性髄膜炎は診断時には起因菌が判明していない場合がほとんどであり、かつ進行が早く予後不良な疾患であるため、培養結果を待たず迅速に経験的治療(empiric therapy)を開始する必要があります[22]。経験的抗菌薬選択にあたっては患者の年齢や臨床背景から可能性の高い起因菌を推定し、十分な髄液移行性と広範な抗菌スペクトラムをもつ薬剤を用います[41]。肺炎球菌髄膜炎を念頭に置いた初期治療では、特にペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)へのカバーを考慮することが重要です。以下に成人を中心とした主なシチュエーション別の推奨初期治療レジメンを表1にまとめます[42][43]。
| 患者群・リスク因子 | 主な起因菌想定 | 推奨初期抗菌薬レジメン |
|---|---|---|
| 健常成人(16~50歳) (市中感染) |
肺炎球菌、髄膜炎菌(まれにインフルエンザ菌b型) | セフトリアキソンまたはセフォタキシム + バンコマイシン (あるいは メロペネムまたはパニペネム/ベタミプロン単独) |
| 高齢者(50歳以上) または慢性疾患・免疫不全 |
肺炎球菌、髄膜炎菌 + Listeria monocytogenes、グラム陰性桿菌 | セフトリアキソンまたはセフォタキシム + アンピシリン + バンコマイシン |
| 外科手術後/外傷後 (院内発症または頭部外傷) |
ブドウ球菌(表皮ブドウ球菌、黄色ブドウ球菌〔MRSA含む〕)、緑膿菌などのグラム陰性桿菌 | バンコマイシン + セフタジジム(またはセフェピム) (あるいは バンコマイシン + メロペネム) |
| 新生児(~1か月) | B群レンサ球菌(GBS)、大腸菌など腸内グラム陰性桿菌、リステリア菌 | アンピシリン + セフォタキシム(±ゲンタマイシン) |
4.2 確定診断後の治療選択(ペニシリン耐性菌への対応)
起因菌が培養・PCR等で特定されたら、感受性結果に基づき可能な限り狭域の抗菌薬にDe-escalationします[46]。肺炎球菌と確定診断された場合、最適治療薬の選択は菌のペニシリンおよびセフェム感受性によって異なります。具体的には、ペニシリン感受性肺炎球菌(PCV導入後の日本では主流)であればペニシリンGまたはアンピシリンへの変更が可能です[47]。一般にペニシリンの髄膜炎時推奨投与量は1日あたり2,400万単位(MU)程度と大量になります。またセフトリアキソンなど第三世代セフェムにも感受性があれば、これら単剤で十分です。
ただし近年問題となるPRSP(Penicillin耐性肺炎球菌)ではペニシリンのみならずセフトリアキソンにも高いMICを示すことがあり、髄液中で薬剤濃度が目標MICを上回らない懸念があります。そのため感受性結果が判明するまでは前述のバンコマイシン併用レジメンを継続し、耐性菌ではバンコマイシンとカルバペネム系の併用などを続行します[44][55]。日本のガイドラインでは、耐性肺炎球菌の増加を踏まえ「肺炎球菌にはパニペネム・ベタミプロン単剤(Grade B)またはバンコマイシン併用(Grade C)が推奨」とされています[44]。
実際、オランダの20年調査でも肺炎球菌髄膜炎由来分離株の約2%がペニシリン耐性で、セフトリアキソン非感受性菌も約1%報告されています[56]。欧米と比べ耐性率の高かった日本でもPCV導入後は耐性菌の減少が示唆されていますが[17]、なお地域差があります。よって経験的治療段階ではPRSPを想定したレジメンを選択し、感受性確認後に狭域薬へ変更するアプローチが安全です。
治療効果の判定としては、治療開始後48時間以内に髄液が無菌化されることが目標であり、無菌化が遅れると後遺症リスクが高まるとされます[49]。特に薬剤耐性肺炎球菌では無菌化遅延が指摘されており[51][52]、新生児など一部では48–72時間後に再腰椎穿刺を行い髄液無菌化を確認することも推奨されています[53]。
4.3 副腎皮質ステロイド併用療法
細菌性髄膜炎の副腎皮質ステロイド併用療法は、髄膜炎治療ガイドラインで強く推奨される重要なアジュバント療法です。抗菌薬による殺菌に伴い放出される細菌成分がサイトカインストームと脳浮腫を引き起こし病態を悪化させるため、その炎症をステロイドで緩和する目的があります[59][60]。特に肺炎球菌性髄膜炎でステロイドの有用性が確立しており[59][60]、成人ではデキサメタゾン0.15 mg/kgを6時間毎に4日間投与するレジメンが標準です[61]。
小児でも髄膜炎に対するデキサメタゾン併用は検討されており、特にHib髄膜炎で難聴予防効果が示されます。肺炎球菌髄膜炎の小児では明確な有用性エビデンスは不足しますが、重症例では検討されます。副作用として血糖上昇や消化性潰瘍リスクがあるため、胃潰瘍既往やコントロール不良糖尿病では慎重投与します。髄膜炎ガイドラインでは重篤な敗血症ショック状態で発症した例や、すでに抗菌薬治療が開始されている例を除きステロイド併用が推奨されています[63][64]。
したがって肺炎球菌髄膜炎が疑われる全ての例で、抗菌薬開始時にステロイドを投与すべきです(小児では医師の判断により適用)。なお、ステロイド投与後であっても抗菌薬の髄液移行や殺菌能に有意な影響はなく、培養陰性化にも影響しないとされています。
4.4 入院管理と治療期間
肺炎球菌髄膜炎患者は入院管理(多くはICU管理)が必要です。入院後は気道確保、血行動態の安定化、頭蓋内圧管理など集中治療的ケアを行います。しばしば輸液・昇圧剤による循環管理や、意識障害が強い場合は気管挿管・人工呼吸管理も検討します。また脳浮腫に対する頭部挙上、マンニトールや高張乳酸リンゲル投与などの対症療法、けいれん発生時の抗けいれん薬投与を行います。水頭症を合併した場合は脳室ドレナージなどの神経外科的処置が必要になります。聴覚障害予防のため、小児では退院前に聴性脳幹反応検査(ABR)で聴力評価を行うことが推奨されています[68]。感染対策上、髄膜炎菌と異なり肺炎球菌髄膜炎では飛沫隔離の必要性は低いですが、明らかな飛沫を伴う咳嗽などがある場合は個室管理が望ましいでしょう。
抗菌薬治療期間は一般的に10~14日間が推奨されます[69]。日本の資料でも「臨床症状改善・炎症反応正常化・髄液所見改善を確認後さらに1週間の抗菌薬投与を継続して終了」とされています[70]。肺炎球菌髄膜炎では合併症がなければ2週間前後の静脈抗菌薬投与で治療完了とすることが多いです。経口薬への切り替えは原則行わず、最後まで注射薬で治療します[69]。
一方、合併症がある場合や、髄液所見の改善に時間を要する場合は3週間以上の投与が選択されることもあります。例えば硬膜下膿瘍や脳膿瘍を合併すれば4–8週間程度の長期療法が必要ですし、Listeriaなら少なくとも21日間以上の投与が推奨です。入院期間は症状改善と十分な抗菌薬投与期間確保のため2週間程度が目安ですが、神経学的状態によってはリハビリ目的に長期入院となることもあります。退院時には聴力検査を含めた神経学的評価を行い、必要に応じリハビリや補聴器対応を検討します。
5. 予後と合併症
5.1 神経学的後遺症
肺炎球菌性髄膜炎は他の髄膜炎起因菌に比べ予後不良であり、治療後も高頻度に神経後遺症を残します。小児では約25%に何らかの後遺症が生じ、成人でも20〜30%が重篤な神経学的後遺症を呈するとの報告があります[71][72]。代表的な後遺症は感音難聴で、これは肺炎球菌が内耳へ波及して蝸牛神経を障害するために起こります。小児では難聴の有無が言語発達や社会生活に大きく影響するため、聴覚障害の早期発見と支援が重要です[68]。
その他、てんかん(慢性けいれん発作)、認知機能障害、学習障害、運動麻痺、失調、視力障害、性格変化など多彩な中枢神経障害が後遺しえます。重症例では意識障害や遷延性植物状態に陥ることもあります。後遺症の程度は発症時の昏睡やショックの有無に左右され、来院時に重篤な状態ほど不良転帰が多いとされています[73]。また高齢者では全身合併症(例:播種性血管内凝固症候群や多臓器不全)も加わり、後遺症なく社会復帰できる例は多くありません[74]。こうした現状から、WHOは細菌性髄膜炎の生存者の生活の質改善も重視しており、リハビリテーションや補装具の提供、社会支援の必要性を提唱しています[75][76]。
5.2 死亡率と早期治療の重要性
肺炎球菌髄膜炎は依然として高い死亡率を伴う疾患です。世界保健機関(WHO)の推計では、細菌性髄膜炎全体で6人に1人(約16.7%)が死亡し、肺炎球菌はその主要因の一つです[77]。成人肺炎球菌髄膜炎では20~30%前後の致死率が一般的で、治療の進歩した現在でも依然高率です[66]。小児例では先進国での死亡率は8%程度と報告されていますが[71]、乳幼児や途上国ではさらに高くなる可能性があります。死亡は発症早期(24–72時間以内)に集中し[78]、初期治療が奏功せず重篤な脳浮腫や全身性敗血症に陥った場合に起こります。
副腎皮質ステロイドは重篤な神経合併症(脳ヘルニアなど)のリスクも下げると期待され、聴力障害や神経後遺症の軽減にもつながります[79][74]。現在、新たなadjunctive治療(例えば細胞保護薬やサイトカイン阻害薬など)の研究も進められていますが、まずは既存エビデンスに基づく標準治療(迅速な抗菌薬+ステロイド)を徹底することが患者の予後改善に直結します。
6. 予防
6.1 肺炎球菌ワクチンの現状と課題
肺炎球菌による侵襲性感染症の脅威に対し、ワクチン接種が最も有効な予防策です。現在、小児定期接種として13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)が生後2か月から計4回接種され、乳幼児の髄膜炎発生は大幅に減少しました[7]。PCV13は小児の主要血清型13種を網羅し、高い予防効果を示しています。
加えて、日本では高齢者への肺炎球菌ワクチン定期接種が2014年より開始され、65歳時に23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23; 商品名ニューモバックス®)を1回公費接種する制度があります[80][81]。PPSV23は結合型ではなく莢膜多糖体そのものを抗原とするため免疫原性が劣るものの、PCV13に含まれない追加10血清型を含む計23血清型をカバーします。高齢者での有効性は肺炎球菌肺炎の発症を約30–50%減少させるとの国内データもあり[82]、接種後5年で効果減弱するため追加接種も考慮されます[82](ただし定期追加接種の仕組みはありません)。
米国では15価結合型ワクチン(PCV15)および20価結合型ワクチン(PCV20)が成人接種に導入されました。PCV15はPCV13の血清型に加えて新たに22F・33Fを含み、PCV20はさらに8, 10A, 11A, 12Fなど計20型を含みます。日本でもPCV15(バクニュバンス®)とPCV20(プレベナー20®)が2022–2023年に相次いで承認されており、2026年4月から高齢者定期接種ワクチンをPCV20に切り替える予定です[83]。PCV20は結合型でありながらPPSV23に匹敵する血清型カバーを持つため、免疫原性と広域性を両立した予防が期待されます[84][85]。将来的にはPCV20の小児適用も含めて、より包括的な予防が検討されています。また血清型に依存しないワクチン開発(たとえば共通抗原を標的とするワクチン)も研究が進行中です[86]。
ワクチンの課題としては、PPSV23がT細胞非依存性抗原であり乳幼児に無効なこと、結合型も含め効果が一部の血清型に限定されること、ならびに免疫原性の持続期間があります。特に高齢者ではワクチン応答が低いため、十分な集団免疫効果を得るには接種率の向上と併せ、定期的なブースター接種のあり方が議論されています[82]。現状では肺炎球菌ワクチンで髄膜炎を完全になくすことは困難ですが、定期接種の普及により日本の小児髄膜炎は劇的に減少しており[87]、ワクチン導入効果は極めて大きいといえます。今後もワクチン戦略の改良によって、さらなる髄膜炎予防が期待されます。
6.2 ハイリスク患者・高齢者へのワクチン接種推奨
肺炎球菌ワクチンは基礎疾患を有するハイリスク患者や高齢者に対して特に推奨されます。免疫不全状態(脾摘後、造血幹細胞移植後、HIV感染、腎不全など)の患者は肺炎球菌髄膜炎のリスクが高いため、小児・成人を問わずPCV13(またはPCV15/20)とPPSV23の両方接種が推奨されます[88]。具体的には、米国CDCでは免疫不全者や脾摘者に対し結合型ワクチンを1回接種後、8週間以上あけてPPSV23を追加接種するスケジュールを推奨しています[88]。日本でも脾摘例や人工内耳埋入例などにはPCV13とPPSV23の公費助成が行われています。
| 対象者 | 推奨ワクチン | 備考 |
|---|---|---|
| 乳幼児(生後2か月〜) | PCV13(計4回接種) | 定期接種 |
| 65歳以上の高齢者 | PPSV23(1回公費接種)→PCV20へ移行予定 | 2026年4月よりPCV20に切替[83] |
| 60〜64歳で重度の心・腎・呼吸器疾患・HIV | PPSV23 | 定期接種対象[89] |
| 脾摘後・免疫不全 | PCV13(またはPCV15/20)+ PPSV23 | 結合型→8週後にPPSV23[88] |
| 蝸牛インプラント挿入患者 | PCV13 + PPSV23 | 年齢を問わず推奨[84] |
| 65歳以上の成人(米国ACIP勧告) | PCV20単独、またはPCV15→PPSV23 | 新たな方針[90] |
日本においてもPCV20への移行により、高齢者は結合型ワクチンの恩恵を受けることになります[83]。なお肺炎球菌髄膜炎ハイリスクの代表例である脾摘者や嚢胞性線維症患者、蝸牛インプラント挿入患者などには年齢を問わずワクチン接種を強く推奨します。こうしたハイリスク患者では髄膜炎発症時の重症度も高くなるため、ワクチンによる予防メリットが大きいからです[3]。
最後に、細菌性髄膜炎そのものへの暴露予防も重要です。髄膜炎菌性髄膜炎では患者周囲へのリファンピシン予防内服が推奨されますが、肺炎球菌では一般的に曝露後化学予防は行われません。ただし病院や高齢者施設内で肺炎球菌髄膜炎アウトブレイクが起きた際には、一時的なペニシリン系薬の予防投与が検討されることもあります。基本はワクチンで個々の感受性を下げることが最良の予防策です。WHOの「2030年までに髄膜炎を征圧する」ロードマップでは、ワクチンで予防可能な髄膜炎を50%減らし、死亡を70%減らす目標が掲げられています[91]。肺炎球菌髄膜炎の予防もこの目標の重要な柱であり、我々臨床医も積極的にワクチン接種を推進していく必要があります。
