1. 原因

低体温症(hypothermia)とは、深部体温(直腸温や鼓膜温などの中心部の体温)が通常の正常範囲より低下し、一般に35℃未満になった状態を指します1。体内で失われる熱が産生される熱を上回る場合に生じ、人体の恒常的な体温維持メカニズムが破綻した状態です1。低体温症の原因は大きく外因性(外部環境要因)と内因性(体内要因)に分類できます。
外因性要因
最も典型的なのは寒冷環境への曝露です。厳寒下で十分な防寒をせずにいる場合や、冬季に長時間屋外にいる場合、また冷たい水に転落・浸水した場合などに低体温症が発生しやすくなります1。特に濡れた衣服や強い風(風冷効果)は体からの熱放散を促進し、低体温症のリスクを高めます1。また、気候がさほど寒くない場合でも、例えば酩酊状態で冷たい地面に長時間横たわるなどして体から熱を奪われ続けると、深部体温が危険な低下を起こすことがあります1。実際、水温20〜24℃程度の比較的温暖な水でも、極めて長時間浸かれば低体温症に至り得ると報告されています1。
内因性要因
個人の健康状態や体質によっても低体温症へのなりやすさは影響を受けます。代表的なのは高齢者や小児で、体温調節機能が未熟・低下しているため低体温症の高リスク群です2。高齢者では温度に対する感覚や寒さへの行動的適応能力が低下し、また筋肉量や皮下脂肪が減少しているため熱産生が少なく熱放散が大きい傾向があります34。その結果、真冬でなくとも暖房の乏しい室内で数時間過ごすだけで低体温に陥るケースもあります3。小児も体表面積が大きく熱が逃げやすいため、同様に注意が必要です5。
さらに、体内での熱産生が不足する状態や熱放散が増大する状態も原因となります。例えば内分泌疾患(甲状腺機能低下症〈いわゆる粘液水腫〉や副腎不全など)は代謝率低下により熱産生を減少させます6。低栄養状態(栄養不良)や低血糖でもエネルギー不足で産熱が不十分になります6。一方、重度の皮膚疾患や熱傷は体表からの熱放散を増大させ、また重症感染症(敗血症)では高齢者に発熱の代わりに体温低下を来すことも知られます。中枢神経系の病変(脳卒中、パーキンソン病、脊髄損傷など)による体温調節中枢の障害や、全身麻酔など医療行為に伴う誘発性(医原性)の低体温も原因となり得ます78。
さらに意識障害や不動化を来す状態も低体温症を引き起こしやすい重要な内因性要因です9。例えば外傷、脳卒中、低血糖発作、てんかん発作、あるいは薬物・アルコール中毒によって意識を失ったり動けなくなった人は、自力で寒冷環境から避難したり衣服を調節したりできないため、平温程度の室内でも体温が低下し続けてしまいます9。
2. 重症度分類

低体温症はその深部体温に基づいて重症度を分類できます12。一般的には以下のような区分が用いられ、それぞれで特徴的な症状や臨床所見が現れます13。なお、分類上の体温はあくまで目安であり、個人差があります。現場では正確な深部体温測定が困難な場合もあるため、意識状態やバイタルサインの異常も合わせて重症度判断の参考にします1415。
| 分類 | 深部体温の目安 | 主な臨床症状・所見 |
|---|---|---|
| 軽度低体温(I度) | 32〜35℃ | 四肢末端の冷感、強いシバリング(戦慄)による震えが出現。判断力の低下や軽度の意識鈍麻がみられることもある13。脈拍・呼吸数は増加(頻脈・頻呼吸)傾向。血圧は比較的保たれる。 |
| 中等度低体温(II度) | 28〜32℃ | シバリングが消失(30℃前後で筋肉の震えによる産熱が不能になる)13。徐々に意識レベルが低下し、錯乱(混乱状態)や著しい判断力低下が生じる13。動きが緩慢となり、構音障害(ろれつが回らない)が出現することもある。脈拍は徐脈となり、不整脈の出現がみられる13。血圧も低下傾向。 |
| 重度低体温(III度) | <28℃ | 意識消失(昏睡)状態13。筋肉は硬直し、瞳孔反応も鈍麻または消失する。脈拍は極端な徐脈となり、心電図上心室細動など致死性不整脈がしばしば発生する13。さらに体温が下がると呼吸停止や心停止に至る危険が高い13(IV度:心肺停止状態)。 |
3. 低体温時の意識障害の遷移
低体温症が進行すると、中枢神経系の機能低下により意識状態が段階的に悪化していきます。その変化は体温の低下に伴いほぼ連続的に起こりますが、便宜上以下のような段階で説明できます。
軽度低体温(約32〜35℃)
患者は意識清明を保つことが多いものの、寒冷環境下では活動性が低下し眠気(嗜眠)を感じたり判断力がやや低下したりします13。この段階では身体は寒冷刺激に対する代償反応として盛んにシバリング(筋肉の震えによる熱産生)を起こします13。震えや不快感により落ち着きのない様子を示すこともありますが、本人は強い寒さを自覚して行動(避難、加温など)しようとする段階です。
中等度低体温(約28〜32℃)
深部体温が30℃前後を下回ると体の代償機構が破綻し、激しかった震えが止まります13。この頃から意識混濁が顕著となり、理解力・判断力の著しい低下や記憶障害が生じます19。患者は錯乱状態となって自分の置かれた状況が分からなくなり、意味のない反復行動や奇妙な行動をとることがあります。歩行もふらつき、細かな作業はできなくなります(巧緻運動障害)19。興奮し易刺激的になる場合がある一方、反応が鈍くなり周囲からの呼びかけにもぼんやりとした応答しかできなくなることもあります。
低体温がさらに進むと幻覚を見ることもあり19、現実検討能力の著しい低下から衣服を脱ぎ始めてしまうことがあります(本人は暑いと感じてしまうため。矛盾脱衣と呼ばれる現象)。このように中等度の段階では意識レベル低下とともに異常行動が現れ、自分で適切な体温維持行動をとることができなくなります。
重度低体温(約28℃未満)
深部体温が28℃を下回ると昏睡状態に陥ります13。この段階では外部から痛み刺激を与えても反応がなく、完全に意識を消失しています。瞳孔反射(瞳孔の光に対する反応)が消失し19、脳幹反射も低下していきます。自発呼吸は著しく低下または停止し、心拍も極端に徐脈となって触知できないほど微弱になります20。末梢からの採血では高度のアシドーシスや電解質異常を呈し、多臓器不全の状態です。心電図上は心室細動や無拍動電気活動(PEA)などの致死的不整脈が高頻度に発生し、最終的には心停止に至ります13。
以上のように、体温低下に伴い意識は「正常→軽い眠気・判断力低下→錯乱・異常行動→昏睡」と推移します22。低体温症ではこの変化がゆっくり進行するため、周囲も異変に気づきにくい点に注意が必要です23。特に中等度低体温の段階では本人も危機意識がなくなり、不適切な行動によって事態を悪化させる危険があります(例:屋外でじっと座り込む、脱衣してしまう等)。したがって寒冷環境下で意識状態がおかしいと感じた場合、深部体温の低下を疑ってただちに保温・救助を行うことが重要です。
4. 予防
低体温症は多くの場合予防可能な疾患です24。特に高齢者などハイリスク者では日常生活上の工夫や周囲からの介入によって発症リスクを大きく減らすことができます24。以下に主な予防策を示します。
室内環境を適切な温度に保つ
高齢者は暖房費節約のために室温を低めに設定しがちですが、冬場は室温20℃以上を目安に維持することが推奨されます24。特に就寝中は体温が下がりやすいため、寝室を十分に暖かくしておくことが重要です24。断熱シートの活用や隙間風の防止など住環境の工夫も有用です。
適切な衣服の着用
寒い時期には重ね着をして体温の保持に努めます25。汗や水で濡れても保温力の落ちにくい素材(ウールやフリース、ポリプロピレン製下着など)の衣類を選ぶと効果的です26。また人体は頭部からの放熱が多いため、帽子やマフラーで頭や首を保温することも大切です26。手袋や厚手の靴下を用いて四肢末端を冷やさないようにしましょう。
十分な栄養と水分補給
日頃から温かい食事や飲み物を積極的に摂取し、エネルギーと水分を補給しておきます26。身体を温める生姜湯やスープ、鍋料理なども良いでしょう。食事からのエネルギーは熱産生の燃料となり、温かい飲み物は直接体を温めるほか脱水予防にもつながります27。
アルコールの摂取を控える
冬場に体を温めようとアルコール飲料を飲むのは逆効果です27。アルコールは一時的に体感温度を上げますが、皮膚血管を拡張して熱放散を増やすため実際には体温低下を招きます27。飲酒は判断力も鈍らせるため、寒冷下での酩酊は非常に危険です。
適度な運動
寒い時こそ意識的に体を動かす習慣をつけます28。軽い体操や散歩でも筋肉からの熱産生が促され、低体温予防につながります。特に高齢者は家に閉じこもってじっとしがちなので、室内でもこまめに身体を動かすよう促しましょう29。ただし持病のある方は無理のない範囲で行います。
高リスク者への目配り
独居の高齢者や要介護者、持病で寝たきりの方、認知症のある方などは周囲が積極的に支援し、低体温にならない環境を整える必要があります24。家族や介護者は室温管理や衣服の調整を手伝い、体調の変化に注意します。また高齢者施設では入浴時の脱衣室や夜間の居室の温度管理を徹底し、職員が定期的に巡回して異常の早期発見に努めます。
5. 治療方針

低体温症の治療では何より深部体温を正常範囲に戻すこと(復温)が中心となります11。加えて、低体温に伴う臓器機能低下への対症療法や、低体温を招いた原因疾患の治療も並行して行います11。治療戦略は重症度(体温)によって異なり、体温が低いほど迅速かつ積極的な加温措置が必要です11。
軽症(体温約32〜35℃)
意識が清明で自力で動ける軽度低体温症では、まず患者を速やかに寒冷環境から避難させます。屋外であれば風や雨を防げる場所へ移し、濡れた衣服は脱がせて乾いた保温性のある毛布や寝袋で全身を包みます30。このように患者自身の残存する産熱を利用して体温回復を図る方法を受動的加温(受動的復温)と呼びます31。可能であれば温かい甘い飲み物を経口摂取させ(意識がはっきりして嚥下可能な場合)、内側からも熱とエネルギーを補給します32。軽症で合併症のない偶発性低体温症なら、これらの処置のみで徐々に体温が戻り回復することが期待できます31。
中等症(体温約28〜32℃)
中等度の低体温になると、体温調節中枢が十分機能しておらず自力では体温を上げられない状態です31。この段階では能動的加温(能動的復温)を開始します31。具体的には、医療用の温風式毛布装置(強制気温装置)や加温パッド、または温水を循環させるマットなどで患者の体表から強制的に熱を加えます33。
加えて、静脈路を確保して加温輸液(40℃前後に温めた生理食塩水)を点滴し、身体内部からも加温します36。必要に応じて気道確保を行い、加温加湿した酸素を投与して呼吸気からの熱損失を防ぎつつ体内へ熱を送り込みます37。中等度低体温の患者では循環血液量がしばしば減少しているため、十分な輸液蘇生も重要です38。1時間あたり約1℃以上のペースで深部体温を上昇させることを目標に治療します39。なお不整脈が出現している場合でも、体温が32℃に達するまでは薬剤や電気的除細動に反応しにくいことが知られています。そのため心室細動など致死的不整脈にも、まずは体温の改善を最優先し、必要最低限の処置で経過を見ます。
重症(体温28℃未満)
重度低体温では生命の危機が切迫した状態のため、高度な能動的加温法を駆使してでも体温を引き上げる必要があります3640。中等症までの外部からの加温に加え、体内への直接的な加温法(核心部加温)を併用します36。
心肺停止例への対応
低体温症では心停止に至っても脳を含む全身の代謝要求量が低下しているため、通常なら生存不可能な時間の心停止から蘇生できる可能性があります42。そのため「低体温で心停止の患者は温まるまでは死亡と断定しない」という原則があります。救急隊や医療者は体温が十分に上昇し正常近くまで復温するまでは、可能な限り心肺蘇生(CPR)を継続します42。
搬送時・治療時の注意
重度低体温患者の取り扱いでは細心の注意が必要です。低体温では心筋が極めて刺激に弱くなっており、些細な刺激で危険な不整脈(特に心室細動)を誘発しかねません44。したがって搬送時や処置中は可能な限り患者をやさしく扱い、不要な振動や刺激を避けます43。静脈注射や気管挿管など必須の処置も、確実かつ迅速に行いつつ慎重さを心がけます。
また治療にあたっては深部体温のモニタリングが重要です。低体温状態では一般的な腋窩や鼓膜での体温測定は不正確であるため、直腸や食道、膀胱などに温度プローブを挿入し正確な深部体温を連続測定します44。心電図モニターも低体温症例では復温中ずっと継続し、致死的不整脈の発生に即応できる体制を整えます45。
