
認知症の進行を早めるのか、治療標的になりうるのか
この記事の図版はすべて、この依頼のために新規作成したオリジナルです。外部画像は使っていません。
アルツハイマー病(AD)の治療といえば、これまで主役はアミロイドβやタウでした。もちろんそれは今も変わりません。
しかし近年、もう一つの「見逃されやすいが、介入できるかもしれない標的」として注目されているのが、発作として表に出ない潜在性てんかん性活動です。[9][11]
ここでいう潜在性てんかん性活動とは、本人も家族も「発作」と気づかないまま起きている、脳波やMEGではじめて分かる異常放電のことです。ADではこうした異常が健常高齢者より多く、一部の研究では認知機能低下のスピードとも結びついています。[1][5][7][10]
この記事の結論を先に
目次
なぜADでてんかん様活動が起きるのか
ADの脳では、アミロイドβやタウの蓄積に加え、興奮と抑制のバランスが崩れやすくなります。とくに海馬・内側側頭葉ネットワークは過興奮に傾きやすく、ここから生じる異常放電が記憶回路をさらに乱す、という見方が強くなっています。[9][11]
大事なのは、これが単なる「末期の合併症」ではなく、かなり早い段階から起きうることです。2013年の報告では、ADやamnestic MCIに伴うてんかんは認知低下の発症時期の近くに集中し、発作の半数以上は非けいれん性でした。[12]
+ 抑制系ニューロン機能低下
潜在性てんかん性放電が出やすい
記憶・注意低下や進行速度の増加に関連
夜間EEG・長時間EEG・MEGで拾い、
個別化治療を検討する価値がある
どれくらい多いのか
2016年の前向き研究では、発作既往のないAD患者33例のうち42.4%で潜在性てんかん性活動が見つかり、対照群では10.5%でした。[1]
2021年の長時間EEG研究では、AD群の54%、健常高齢者の25%で異常放電が検出されています。[5]
2024年のAD continuum研究では、ADスペクトラム全体で31%、対照群で8%でした。内訳を見ると、認知症段階で50%、MCIで27%、preclinical ADで25%と、病期が進むほど増える傾向がありました。[7]
主要研究の検出率比較
| 研究 | AD群 | 対照群 | 検査法 |
|---|---|---|---|
| Vossel 2016 | 42.4% | 10.5% | 夜間ビデオEEG[1] |
| Horváth 2021 | 54.0% | 25.0% | 長時間EEG[5] |
| Brunetti 2020 | 有意差なし | 終夜PSG[4] | |
| Nous 2024 | 31.0% | 8.0% | MEG併用[7] |
| Yeh 2026(メタ解析) | 18.3%(プール) | ― | routine 12.1% / extended 26.7%[10] |
一方で、2020年の終夜PSG研究では、probable ADやMCI due to ADで有意差が出なかったという、やや否定的な結果もあります。[4]
この「揺れ」こそが重要です。つまり数字だけを単純比較するのではなく、どんな患者を、どんな方法で、いつ測ったのかを見なければいけません。
この点を整理した2026年のメタ解析では、発作既往のないADにおける潜在性放電のプール頻度は18.3%でしたが、routine EEGでは12.1%、extended EEGでは26.7%まで上がりました。早発型ADではさらに高く、extended EEGで43.9%に達しています。[10]
同じく2026年のレビューでは、ADの経過全体でみると、てんかんまたは潜在性てんかん性活動を呈する患者は約60%に達する可能性があると整理されています。[11]
「25〜60%」という言い方は大まかな方向としては間違っていないが、厳密には何を含めるかで数字はかなり変わる。対象集団・病期・検査法・定義の違いを踏まえて読むことが重要。
なぜ routine EEG では見逃されやすいのか
ADに伴う放電は側頭葉、特に深部・内側側頭葉由来が多く、頭皮脳波では拾いにくいことがあります。[7][9]
さらに、放電の多くは睡眠中に出やすい。2017年の研究では、異常放電の82%が睡眠中、主としてNREMで生じていました。[2]
そのため、外来の短時間EEGだけでは見逃しやすく、夜間EEG、24時間EEG、長時間ビデオEEG、あるいはMEGを含めた評価が重要になります。[1][2][7][9]
2024年の研究では、MEGはLTM-EEGやhd-EEGより「50分あたりのスパイク検出数」で優れていました。[7]
放電はNREM睡眠中に出現しやすいため、日中20〜30分程度のroutine EEGでは捉えられないことが多い。routine EEGが「陰性」でも、潜在性てんかん性活動を否定したことにはならない。
本当に認知機能に関係するのか
ここがいちばん大事な点です。
2016年の研究では、潜在性てんかん性活動をもつAD患者は、MMSEの低下が年3.9点で、放電のない群の年1.6点より明らかに速く、実行機能低下も強いという結果でした。[1]
2021年の研究でも、放電をもつAD患者は全般認知機能の低下が1.5倍速く、スパイク頻度が高いほど低下速度も大きく、左側頭優位の所見が目立ちました。[5]
2024年のAD continuum研究では、放電あり群で視空間・注意の成績が悪化していました。[7]
| 研究 | 認知機能への影響 |
|---|---|
| Vossel 2016[1] | MMSE低下:放電あり群 年3.9点 vs 放電なし群 年1.6点、実行機能低下も強い |
| Horváth 2021[5] | 全般認知機能の低下が1.5倍速い。スパイク頻度と低下速度が相関、左側頭優位 |
| Nous 2024[7] | 放電あり群で視空間・注意の成績が悪化 |
ここから言えるのは、「放電は単なるノイズではなく、少なくとも一部の患者では進行速度と関係している可能性が高い」ということです。
ただし、なお因果の完全証明までは至っていません。放電が病勢を悪化させるのか、病勢の強い脳が放電しやすいのか、その両方なのかはまだ研究途上です。[9][11]
治療標的としてはどうか
最もよく引用されるのが、2021年のLEV-AD試験です。34例のランダム化クロスオーバー試験で、全体としては主要評価項目に有意差は出ませんでした。[6]
ただし、てんかん性活動が検出されたサブグループでは、Stroop干渉名義スコアが+7.4点改善し、空間記憶課題でも改善が示されました。有害事象による中止もありませんでした。[6]
分かったこと
- 34例クロスオーバー試験
- 全体では主要評価項目は有意差なし
- ただし放電あり群では:
- Stroop干渉名義 +7.4点改善
- VRLT(空間記憶)も改善
- 有害事象による中止なし
まだ言えないこと
- すべてのADに効くとは言えない
- 症例数は小さく、主結果は中立
- サブグループ所見の位置づけには慎重さが必要
- 最適な対象・用量・期間は未確立
これはとても面白い結果ですが、読み方には注意が必要です。主結果は中立であり、改善はサブグループでの所見です。したがって、「レベチラセタムがAD全体に効く」と結論づけるのは早いです。[6][9]
ILiAD試験は、活動性放電を除外したAD群を対象にしており、忍容性は良好だったものの明確な認知改善は示せなかった。[8]
この2つを合わせて読むと、答えはかなり明快:未選別のAD全体に薬を入れる発想ではなく、「放電をもつ phenotype を見つけて狙う」ほうが筋が良い。[6][8][9][11]
臨床ではどう活かすべきか
現時点で実用的なのは、次のような場面で"見えないてんかん性活動"を疑うことです。
- 進行が早いAD
- 早発型AD
- 日内あるいは日差で認知の変動が大きい
- 一過性の反応低下、ぼんやり、会話の途切れ、説明しにくい記憶の抜け
- 朝方の混乱、睡眠中の異常行動、ミオクローヌス
- routine EEGが陰性でも臨床的に疑わしいケース
こうした症例では、夜間EEG、24時間EEG、長時間ビデオEEG、必要に応じてMEGまで含めた評価を考える価値があります。[1][2][7][9]
放電が確認された場合は、レベチラセタムのような比較的使いやすい薬を低用量から慎重に試す、という考え方には一定の合理性があります。[6][9][12]
ただし、これはまだ「有望な個別化治療」の段階であり、標準治療として一律に勧められる段階ではありません。[8][9][11]
この話の本当の新しさ
このテーマの新しさは、ADを「蛋白病理だけの病気」と見ないことにあります。
アミロイドとタウが病気の中心にあるのは変わりません。しかし、その周りで起きている神経回路の過興奮は、少なくとも一部の患者では修飾可能な標的かもしれない。ここに、電気生理学が再び前面に出てきた意味があります。[9][11]
ADの中には、"epileptic subtype" あるいは "hyperexcitability phenotype" と呼ぶべき群があるのかもしれません。[11]
もしそうであれば、将来のAD診療は、アミロイドPETや髄液・血液バイオマーカーに加えて、「この患者の脳は過興奮しているのか」を見る時代に進む可能性があります。
まとめ
アルツハイマー病におけるてんかん様活動は、もはや周辺的な話題ではありません。
頻度は研究により幅がありますが、ADで健常高齢者より多いこと、睡眠や長時間記録で見つかりやすいこと、放電あり群では認知低下が速い可能性があること、そして治療介入が一部の患者で有効かもしれないことは、かなり一貫して見えてきました。[1][2][5][6][7][10][11]
今の時点で最も大事なのは、「全員に薬」ではなく「見つけるべき患者を見つける」ことです。
AD診療に脳波とMEGの視点をどう組み込むか。この問いは、これからの認知症診療の質を大きく変えるかもしれません。