目次
この記事のポイント
- 前庭神経炎は「強いめまいがあるから付ける病名」ではなく、脳卒中を含む中枢性めまいを除外しながら考える臨床診断である
- HINTSは有用になりうるが、適切な患者選択と十分な訓練が前提であり、万能検査ではない
- ステロイドの有効性は一貫しておらず、全例に標準投与すべき治療とまでは言えない
- 前庭リハビリテーションは比較的しっかりしたエビデンスがあり、治療の柱の一つである
1. 前庭神経炎とは

前庭神経炎は、2022年のBarany Society分類ではacute unilateral vestibulopathy(AUVP:急性一側前庭障害)とほぼ同義に扱われる病態である。1
要点は、急性に生じた一側の末梢前庭機能低下による持続性めまいであり、急性の中枢神経症状や急性の聴覚症状がないことが診断の前提になる。したがって、前庭神経炎は脳幹・小脳梗塞を含む中枢性めまいを除外しながら考える臨床診断である。
同じ診断基準は、AUVPを単独で確定できる検査はないと明記している。病歴とベッドサイド診察が中心で、必要に応じて前庭機能検査や画像検査を組み合わせる、という理解が安全である。1
2. 病態と原因
病態は十分には解明されていない。感染後あるいはウイルス関連の炎症を支持するレビューはあるが、血管性や免疫学的機序も提案されており、単一の病因で説明できると断定するだけの根拠は十分ではない。1,9
近年の総説でも、AUVPの病態生理はなお不十分にしか理解されていないと整理されている。
3. 症状の特徴
典型像は、急性または亜急性に始まる持続性の強いめまいで、ふらつき、悪心・嘔吐、頭を動かしたときの増悪、時にoscillopsia(物が揺れて見える感覚)を伴う。
Barany Societyの基準では、完成した病像では症状が少なくとも24時間以上続くことが求められる。なお、受診が早い段階では、まだ24時間に達していなくても「AUVP in evolution」として扱う枠組みがある。1
聴覚症状に注意
急性の難聴、耳鳴り、耳閉感は典型的な前庭神経炎には合わない。こうした聴覚症状が前景にある場合は、前庭神経炎と決め打ちせず、診断を立て直すべきである。1
急性期の激しい症状が軽快した後も、動作時のふらつきや慢性の浮動感が残る症例はある。15
4. 診察で押さえるべきポイント
前庭神経炎に合う所見
- 方向固定性の水平回旋混合性自発眼振:視固定を外すと増強する
- 一側のVOR(前庭眼反射)低下:ベッドサイドのhead impulse testで評価する
中枢性めまいを疑う所見
以下の所見は中枢性を優先して考える
- Skew deviation(垂直性の眼位ずれ)
- 注視方向で変わる眼振(gaze-evoked nystagmus)
- 垂直眼振、純回旋性眼振
- 強い体幹失調、歩行不能
- 明らかな神経巣症状
HINTSについて

HINTS(Head-Impulse, Nystagmus, Test of Skew)は、自発眼振を伴う持続性の急性前庭症候群で、十分に訓練された診察者が使うと有用である。2
ただし、GRACE-3ガイドラインは、特別な訓練のない救急現場でroutineに行われるHINTSは不正確で、standard of careとまでは言えないと明記している。BPPVのような頭位誘発性・反復発作性めまいに安易に当てはめないことが重要である。2,3
5. 鑑別診断
BPPV(良性発作性頭位めまい症)
BPPVは、頭位変換で誘発される反復性めまいが主体である。Posterior canal BPPVでは、Dix-Hallpikeでtorsional upbeating nystagmusが誘発されることが診断の中心になる。12
したがって、終日持続する自発性めまいは、BPPVより前庭神経炎や中枢性病変を考えやすい病歴である。
メニエール病
メニエール病は、反復するvertigo発作に、変動性の聴覚症状と低~中音域の感音難聴を伴う病態として定義されている。診断枠組み上、発作持続は20分~12時間である。13
単発の持続性急性前庭症候群で、耳症状を欠く場合は、典型的メニエール病とは言いにくい。
前庭性片頭痛
前庭性片頭痛は、反復するvestibular symptoms、片頭痛の病歴、前庭症状と片頭痛症状の時間的関連、および他疾患の除外で診断する。発作持続は5分~72時間の幅がある。反復性である点が前庭神経炎との重要な違いである。14
脳幹・小脳梗塞
最重要の鑑別:脳幹・小脳梗塞
一般的な神経学的診察の感度は高くなく、明らかな片麻痺や構音障害がないからといって安心はできない。眼振の性状、skew、体幹失調、歩行不能、聴覚症状、経過の非典型性などを合わせて判断する必要がある。2,3
| 鑑別疾患 | めまいの性状 | 持続時間 | 鑑別のポイント |
|---|---|---|---|
| 前庭神経炎 | 持続性・自発性 | 24時間以上 | 一側VOR低下、聴覚症状なし |
| BPPV | 頭位変換で誘発 | 数秒~1分 | Dix-Hallpike陽性 |
| メニエール病 | 反復発作性 | 20分~12時間 | 変動性聴覚症状を伴う |
| 前庭性片頭痛 | 反復性・多彩 | 5分~72時間 | 片頭痛の病歴・症状の関連 |
| 脳幹・小脳梗塞 | 持続性・急性 | 持続 | 中枢性眼振、skew、失調 |
6. 検査の進め方
前庭神経炎の診断は、病歴とベッドサイド診察の整合性で組み立てる。Barany Societyも、確定的な単独検査はないとしている。1
まず詰めるべきなのは以下の3点である。
- 持続性の急性前庭症候群か
- 一側VOR低下を示せるか
- 急性の聴覚症状や中枢所見がないか
画像検査の位置づけ
画像検査は「めまいだから一律にCT」ではない。GRACE-3は以下のように整理している。2,4
- 急性前庭症候群(AVS)でのbrain CTは勧めない
- HINTSに熟練した診察者がいる場合はroutine MRIをfirst-lineにしない
- HINTSが中枢性または判定不能ならMRIをconfirmatory testとする
画像検査の限界
非造影CTの感度は低く、MRIも発症早期にはstrokeを見逃しうる。画像陰性だけで中枢性を除外したとは言い切らないのが安全である。4
聴覚症状があれば、聴力評価を追加して病型を見直す。前庭機能検査は一側前庭機能低下の裏付けには有用だが、stroke除外の代用にはならない。
7. 治療
急性期の支持療法
急性期治療の主眼は、悪心・嘔吐の軽減、脱水予防、離床のきっかけを作ることである。
制吐薬や前庭抑制薬は初期数日の症状緩和には役立つが、長く続けると中枢代償を妨げる可能性があるため、最短期間で切り上げる考え方が妥当である。9
ステロイドの位置づけ
ステロイドの有効性は一貫していない
ステロイド治療をめぐるエビデンスの変遷を以下に整理する。
| 研究 | デザイン | 結果の概要 |
|---|---|---|
| Strupp et al. 20045 | RCT(N=141) | Methylprednisoloneが末梢前庭機能回復を有意に改善(P<0.001)。Valacyclovirは無効 |
| Leong et al. 20216 | 系統レビュー/メタ解析 | 短期の機能改善を示唆するが、長期の症状改善については十分な根拠がない |
| Bogdanova et al. 20227 | 更新メタ解析 | 一定の利益を報告するが、研究の質や異質性の問題が大きいと慎重な解釈を求めている |
| Sjogren et al. 20258 | プラセボ対照二重盲検RCT(N=69) | Caloric recovery、vHIT、主観的アウトカムのいずれにも有意差なし |
GRACE-3は「短期ステロイドを考慮してよい」という位置づけであり、全例に標準投与すべき治療とまでは言いにくい。禁忌や有害事象を踏まえ、個別判断が妥当である。2
抗ウイルス薬
少なくともvalacyclovirについては有効性が示されておらず、routine useを支持する根拠は乏しい。5,9
8. 前庭リハビリテーション
前庭リハビリテーションは、片側末梢前庭障害全般で有効性を支持する根拠が比較的しっかりしている治療である。10
前庭神経炎に絞った2024年のメタ解析でも有効性が示唆されており、少なくともステロイド単独より軽視すべき介入ではない。同メタ解析では、前庭リハビリテーションとステロイドの併用がステロイド単独よりも有効であったと報告されている。11
前庭リハビリの考え方
強い嘔吐が落ち着き、最低限の離床が可能になったら、抑制薬を引きずらずに運動療法へつなげるのが理にかなう。基本発想は「安静を長引かせる」より「安全に動かして代償を促す」である。
9. 予後
前庭神経炎では、急性期の強い回転感は時間とともに軽減していくことが多い。一方、慢性の浮動感やvisual dependence(視覚依存性めまい)が残る症例がある。15
重要なのは、長期予後が末梢前庭機能障害の程度だけでは説明できないことである。Visual dependenceやanxietyなど、中枢代償側の因子が関与すると考えられている。15
このため、検査上の末梢障害の回復と患者の症状改善が一致しないことがある。逆に、症状が長引くからといって初診時診断が自動的に正しかったとは言えず、経過が非典型なら鑑別のやり直しが必要である。
10. 注意すべき症例・見逃してはいけない所見

前庭神経炎よりも、まず中枢性や他疾患を優先して考えるべき所見は次のとおりである。
中枢性を優先して考えるべき所見
こうした症例では、神経内科・脳卒中診療との連携、入院での経時的神経診察、必要に応じた再MRIや追加血管評価を考えるべきである。少なくとも、「画像が陰性だから末梢性」と短絡しないことが重要である。
11. まとめ
前庭神経炎は、一側末梢前庭機能低下による急性持続性めまいとして整理できるが、診断の本質は脳卒中を含む中枢性めまいをどこまで除外できるかにある。
HINTSは有用になりえるが、適切な患者選択と十分な訓練が前提で、万能検査ではない。治療は、支持療法、短期の症状緩和、前庭リハビリが中心で、ステロイドは考慮はできるが効果を断定しにくい位置づけと理解するのが現状に近い。
実地診療での要点(5項目)
セルフファクトチェック ― 本記事で注意した点
断定を避けた箇所
- 病因:「ウイルス性」と断定せず、post-viral inflammationを支持する見解がある一方で病態生理は十分に解明されていないと記載した
- ステロイド:2004年RCTの陽性結果だけでなく、2021・2022年の系統レビュー/メタ解析と2025年RCTの陰性結果も併記し、一貫した有効性は未確立とした
- 予後:「良好」と一言で片づけず、慢性の浮動感が残る症例があること、末梢機能障害の程度だけでは予後を説明できないことを明記した
根拠が比較的弱い箇所
- 制吐薬・前庭抑制薬:「短期使用が妥当」はreview-levelの整理と代償理論に基づく記述であり、大規模RCTで最適期間が確立しているわけではない
誤解を招きやすい箇所
- HINTS:「有用」としつつ、訓練された診察者・適切な患者選択が前提と明記した。誰でも使える万能診察のようには書いていない
- 画像検査:CT陰性や早期MRI陰性だけでstroke除外とはしないとした
