「最近、食事の味がしない」「何を食べても同じ味に感じる」「口の中がずっと苦い」――こうした味覚の異常は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症として広く知られるようになりましたが、実は亜鉛不足・薬の副作用・口腔の問題・神経疾患など、原因は非常に多岐にわたります。
この記事では、脳神経内科医の視点から、味覚障害の5つのタイプ・主な原因(亜鉛不足・薬剤性・コロナ後遺症・神経疾患)・検査と治療・受診の目安3段階を詳しく解説します。
- 味覚のしくみ ― 舌から脳まで
- 味覚障害の5つのタイプ
- 最多原因:亜鉛不足
- 薬剤性味覚障害
- コロナ後遺症と味覚障害
- その他の原因(口腔・神経・全身疾患・加齢)
- 危険なサイン
- 受診の目安 ― 緊急度3段階
- 検査と治療
- まとめ
- よくある質問(FAQ)
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味覚のしくみ ― 舌から脳まで
まず、私たちが「味」を感じるしくみを理解しておくと、なぜ障害が起こるかがわかりやすくなります。1)
味蕾(みらい)
舌の表面には味蕾という小さなセンサーが無数にあります。成人では約5,000〜10,000個の味蕾があり、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の5つの基本味を感知します。味蕾の細胞は約10日間で入れ替わるため、亜鉛などの栄養素が不足すると新しい細胞が作れなくなります。
味覚神経(3本のルート)
味蕾が感知した情報は、3本の神経を通じて脳に伝わります。舌の前方2/3は顔面神経、後方1/3は舌咽神経、のどの奥は迷走神経が担当しています。この神経のどこかが傷むと、特定の部位の味覚が失われます。
大脳の味覚野
神経を通じて脳幹に届いた信号は、最終的に大脳の一次味覚野(島皮質・前頭弁蓋部)で処理され、「味」として認識されます。また嗅覚の情報も統合され、私たちが「風味」として感じる豊かな味わいが生まれます。このため、嗅覚が低下すると「味がしない」と感じることが多いのです。
ポイント:味覚障害は「舌のセンサー(味蕾)」「味覚神経」「脳の処理」のいずれかに問題が生じることで起こります。原因によって治療法がまったく異なるため、専門的な評価が重要です。
味覚障害の5つのタイプ
味覚障害にはさまざまな形があります。自分の症状がどのタイプかを把握しておくと、医師への説明がしやすくなります。1)
| タイプ | 症状の内容 | 主な原因 |
| 味覚低下 | 味が薄く感じる、味がわかりにくい | 亜鉛不足、加齢、口腔乾燥 |
| 味覚消失 | まったく味がしない | コロナ後遺症、重度の亜鉛欠乏 |
| 異味症 | 本来と違う味に感じる(甘いものが苦く感じるなど) | 薬剤性、神経障害 |
| 自発性異常味覚 | 何も食べていないのに口の中が苦い・金属の味がする | 薬剤性、うつ病、口腔乾燥 |
| 解離性味覚障害 | 特定の基本味だけがわからなくなる | 亜鉛不足(苦味から失われやすい) |
最多原因:亜鉛不足
味覚障害の原因として最も多いのが亜鉛欠乏です。日本耳鼻咽喉科学会員へのアンケート調査では、味覚障害の主な治療として亜鉛投与が用いられており、日本の臨床現場で確立された治療となっています。1)
なぜ亜鉛が重要なのか
亜鉛は味蕾の細胞が生まれ変わるために欠かせないミネラルです。細胞分裂に関わる酵素の多くが亜鉛を必要としており、亜鉛が不足すると味蕾の細胞の再生がうまくいかなくなります。その結果、味を感じる力が低下します。
亜鉛不足になりやすい方
- 偏った食事をしている(インスタント食品中心、極端なダイエットなど)
- 高齢で食事量が減っている(亜鉛を含む食品の摂取量が少なくなりがち)
- 特定の薬を服用中(降圧薬・利尿薬・プロトンポンプ阻害薬などは亜鉛の吸収を妨げたり排泄を増やしたりする)
- 過度のアルコール摂取(アルコールは亜鉛の吸収を阻害し、排泄を促進する)
- 慢性的な炎症性疾患(クローン病など腸の疾患では亜鉛の吸収が低下する)
亜鉛を多く含む食品
牡蠣(最も多い)・牛肉・豚レバー・大豆製品・ナッツ類・チーズなどに亜鉛が豊富に含まれています。血液検査で血清亜鉛値を測定することで、不足しているかどうかを確認できます(基準値:80〜130 µg/dL)。
受診のすすめ:「なんとなく食事の味が薄い」と感じている方、特に高齢の方や食事の偏りがある方は、一度血液検査で亜鉛値を確認してみましょう。亜鉛グルコン酸の二重盲検RCTでは、約2か月の投与で味覚機能が有意に改善し、抑うつ症状も軽減することが示されています。3)
薬剤性味覚障害
薬剤性味覚障害は、亜鉛欠乏に次いで2番目に多い原因とされ、味覚障害患者の約25%を占めると報告されています。2)4)
原因となりやすい薬剤
これまで約170種類以上の薬剤で味覚障害が報告されています。2)
- 降圧薬:ACE阻害薬(エナラプリル・カプトプリルなど)、ARB
- 抗生物質:クラリスロマイシン、メトロニダゾール
- 抗がん剤:シスプラチン、フルオロウラシルなど多数
- 抗うつ薬・抗不安薬:SSRI、三環系抗うつ薬
- 利尿薬:フロセミド、スピロノラクトン(亜鉛排泄を増加させる)
- 抗アレルギー薬:第一世代抗ヒスタミン薬
- プロトンポンプ阻害薬(PPI):オメプラゾール、ランソプラゾールなど
薬剤性のしくみ
薬剤性味覚障害の主要なメカニズムの一つに、薬剤による亜鉛キレート作用があります。多くの原因薬は亜鉛と結合して尿中排泄を増やすため、結果として亜鉛欠乏型の味覚障害を引き起こします。2)
薬剤性の見分け方
多くの場合、薬を開始して数週間〜数ヶ月後に症状が出現します。新しい薬を飲み始めてから味がおかしいと感じたら、薬剤性の可能性を考えてください。
注意:自己判断で薬を中止しないでください。降圧薬などは急に止めると血圧が急上昇する危険があります。必ず処方した医師に相談し、薬の変更を検討してもらいましょう。
コロナ後遺症と味覚障害
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、味覚障害と嗅覚障害が特徴的な症状として知られています。5)
なぜコロナで味がしなくなるのか
コロナウイルスは鼻の奥にある嗅覚神経を支持する細胞(支持細胞)に感染し、嗅覚を低下させます。嗅覚と味覚は密接に統合されているため、「味がしない」「食べても風味がない」と感じることが多くなります。実際には純粋な味覚(甘味・塩味・酸味・苦味)よりも、嗅覚が失われることによる「風味の喪失」が多いとされています。
経過と回復
軽症の COVID-19 患者を対象とした追跡研究では、突然の味覚・嗅覚障害が出現した患者のうち発症から4週間後には89%が完全回復または症状の改善を経験しており、症状が変わらないか悪化したのは10.6%にとどまったと報告されています。5)多くの方は1〜3ヶ月で自然に回復しますが、一部では半年以上症状が続く場合もあります。回復が遅い場合は、耳鼻咽喉科での嗅覚トレーニング(バラ・レモン・ユーカリ・クローブの4種類の香りを毎日嗅ぐ訓練)が有効であることが示されています。
その他の原因(口腔・神経・全身疾患・加齢)
味覚障害の原因はさらに多岐にわたります。
口腔の問題
口腔乾燥症(ドライマウス)は味覚障害の重要な原因です。唾液が減少すると味物質が味蕾に届きにくくなります。抗コリン薬・抗ヒスタミン薬・シェーグレン症候群・放射線治療後などで起こります。また舌炎・口内炎・口腔カンジダ症も味覚に影響します。
神経の問題
顔面神経麻痺(ベル麻痺)では、舌の前方2/3の味覚が失われます。脳卒中や脳腫瘍が味覚野を障害することも(まれながら)あります。耳の病気(中耳炎)が鼓索神経(顔面神経の枝)を傷つける場合もあります。
全身疾患
糖尿病・腎不全・肝障害・甲状腺機能低下症・鉄欠乏性貧血なども味覚障害の原因となります。これらは全身の代謝異常が神経機能や味蕾の機能に影響を与えます。ビタミンB12欠乏症でも舌炎(Hunter舌炎)と味覚異常が出現することがあり、しびれや認知機能低下を伴う場合は鑑別が重要です。
加齢
加齢に伴って味蕾の数は減少し、唾液分泌も低下するため、高齢者では味覚機能が緩やかに低下します。加齢による味覚低下は徐々に進行するため気づきにくいですが、高齢者の食欲低下・栄養不足の原因になり得ます。
危険なサイン ― こんな場合はすぐ受診
味覚障害自体が生命に関わることはまれですが、以下のサインがある場合は重篤な病気が隠れている可能性があります。
以下の症状があればすぐに受診してください
- 味覚障害+ろれつが回らない・手足のしびれ・顔面麻痺 → 脳卒中の可能性。すぐに119番
- 突然の味覚・嗅覚の完全消失 → 感染症(コロナなど)の可能性。PCR検査を
- 顔の片側が動かない+味覚障害 → 顔面神経麻痺。早期治療が回復に直結する
- 体重減少を伴う味覚障害 → 食欲低下から栄養不良につながるおそれ。早めの対応が必要
- 片側の耳の奥の痛み・耳鳴りを伴う → ラムゼイ・ハント症候群(帯状疱疹)の可能性
受診の目安 ― 緊急度3段階
| 緊急度 | 症状 | 対応 |
| すぐ受診 | 味覚障害+ろれつ困難・手足のしびれ・顔面麻痺 突然の完全な味覚・嗅覚消失 |
119番(脳卒中疑い) または救急受診 |
| 早めに受診 | 味覚障害が2週間以上続く 新しい薬を開始後に味がおかしくなった 食事量が減って体重が落ちてきた |
耳鼻咽喉科または 内科を受診 |
| 様子見OK | 風邪の後に味が薄いが徐々に改善中 口が乾いている時だけ味がわかりにくい |
水分をとり 1〜2週間様子見 |
検査と治療
検査
味覚障害の原因を調べるために以下の検査が行われます。1)
- 電気味覚検査(エレクトロガストメトリー):舌に微弱な電流を流して味覚の感度を客観的に測定する。日本の大学病院の99%、私立クリニックの20%で実施
- ろ紙ディスク法:4種類の濃度の味溶液を染み込ませた紙を舌に当てて識別能を調べる
- 血液検査:血清亜鉛値、血算、肝腎機能、血糖、甲状腺機能など
- 頭部MRI:神経・脳の異常を調べる(必要な場合)
治療
原因に応じた治療が行われます。
- 亜鉛補充療法:亜鉛製剤(ポラプレジンク・ノベルジンなど)の内服が基本。日本の調査では、約70%の医師がポラプレジンクを処方しており、78%が「有効」と評価しています1)。亜鉛グルコン酸を用いた二重盲検RCTでは、味覚機能と気分スコアの双方が有意に改善しました3)
- 薬剤性:原因薬の中止または変更を処方医と相談
- コロナ後遺症:嗅覚トレーニング(1日2回、4種の香りを各10秒嗅ぐ)
- 口腔乾燥:唾液分泌促進薬(セビメリン・ピロカルピン)、保湿ジェルの使用
- 顔面神経麻痺:早期のステロイド治療が有効
受診科の目安:まずは耳鼻咽喉科を受診するのが最も効率的です。亜鉛値の血液検査、味覚検査、鼻の診察をまとめて行えます。必要に応じて神経内科・内科に紹介されます。
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まとめ
味覚障害の3つのポイント
1. 原因は「コロナだけ」ではない ― 亜鉛不足・薬の副作用・口腔の問題・神経疾患など多岐にわたります。原因によって治療法がまったく異なります
2. 亜鉛不足が最多原因 ― 血液検査で確認でき、亜鉛製剤の補充で多くの方が改善します。高齢者や偏食がある方は特に要注意です
3. 2週間以上続く味覚障害は受診を ― 耳鼻咽喉科で原因を特定し、適切な治療につなげましょう。ろれつ困難・顔面麻痺・手足のしびれを伴う場合はすぐに救急受診してください
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よくある質問(FAQ)
Q. 風邪をひいた後から味がしません。いつ戻りますか?
風邪(コロナ含む)後の味覚・嗅覚障害は、多くの場合1〜3ヶ月で自然回復します。軽症COVID-19の追跡研究では、4週間後には約89%が完全回復または改善したと報告されています5)。ただし改善の速度には個人差があります。2週間以上まったく変化がない場合は耳鼻咽喉科を受診し、嗅覚トレーニングや亜鉛値の確認を行うことをお勧めします。
Q. 市販のサプリメントで亜鉛を補充すれば治りますか?
軽度の亜鉛不足であれば、食事の改善と市販の亜鉛サプリメントで改善する場合もあります。ただし、血液検査で実際の亜鉛値を確認してから補充量を決めるのが安全です。亜鉛の過剰摂取は銅欠乏を引き起こすことがあります。適切な量は医師・薬剤師に相談してください。3)
Q. 「口の中がずっと苦い」のは何が原因ですか?
何も食べていないのに口の中に苦味や金属の味がする「自発性異常味覚」は、薬の副作用(特にACE阻害薬、抗生物質)・口腔乾燥・うつ病・亜鉛欠乏などが原因として挙げられます。約170種類以上の薬剤で味覚障害が報告されており2)、新たに薬を開始してから症状が出た場合は薬剤性が疑われます。2週間以上続く場合は耳鼻咽喉科または内科を受診してください。
Q. 高齢の親が「食事がおいしくない」と言い食欲がありません。どうすればいいですか?
高齢者の味覚低下は加齢・亜鉛不足・薬の副作用・口腔乾燥などが複合的に関わっていることが多いです。食欲低下が続くと低栄養・体重減少・免疫低下につながるため、早めに内科や耳鼻咽喉科に相談することをお勧めします。あわせて口腔ケア(入れ歯の清掃・歯科受診)も重要です。
Q. 亜鉛を含む食べ物を積極的に食べれば予防できますか?
バランスの良い食事で亜鉛を適切に摂取することは味覚障害の予防になります。亜鉛が豊富な食品は牡蠣・牛肉・豚レバー・大豆製品・ナッツ類などです。ただし、薬の副作用や神経疾患が原因の場合は食事だけでは対処できないため、症状が続く場合は受診が必要です。
参考文献
1) Ikeda M, Aiba T, Ikui A, et al. Taste disorders: a survey of the examination methods and treatments used in Japan. Acta Otolaryngol. 2005;125(11):1203-1210. doi:10.1080/00016480510040173
2) Tomita H, Yoshikawa T. Drug-related taste disturbances. Acta Otolaryngol Suppl. 2002;(546):116-121. doi:10.1080/00016480260046490
3) Heckmann SM, Hujoel P, Habiger S, et al. Zinc gluconate in the treatment of dysgeusia—a randomized clinical trial. J Dent Res. 2005;84(1):35-38. doi:10.1177/154405910508400105
4) Doty RL, Shah M, Bromley SM. Drug-induced taste disorders. Drug Saf. 2008;31(3):199-215. doi:10.2165/00002018-200831030-00002
5) Boscolo-Rizzo P, Borsetto D, Fabbris C, et al. Evolution of altered sense of smell or taste in patients with mildly symptomatic COVID-19. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. 2020;146(8):729-732. doi:10.1001/jamaoto.2020.1379
