脳梗塞後の片麻痺で寝たきり・座位保持も困難な全介助患者の身体障害者手帳を申請するとき、「座っていられない=体幹機能廃絶=1級」と判断したくなる場面は多くあります。しかし、身体障害認定基準の通達では、脳血管障害による片麻痺は原則として体幹機能障害として認定せず、下肢障害として認定すると定められています[1][2]。本記事では、脳神経内科医が押さえておくべき認定運用のポイントを、通達原文に沿って解説します。
あわせて、脳幹梗塞・多発脳梗塞などで両側に運動障害が及ぶ場合には体幹機能障害として認定できる例外、下肢障害1級(両下肢機能の全廃)の定義、動作能力とMMT/ROMの整合性、廃用性症候群の永続性といった、診断書作成で実際に問題になる論点を整理します。
📚 目次
想定症例 ― 脳梗塞・片麻痺・寝たきり・全介助
75歳男性。3か月前に左中大脳動脈(MCA)領域の広範な脳梗塞を発症。右片麻痺(MMT 下肢0〜1)、失語、嚥下障害が残存。
現在の状態:寝たきり、座位保持不能(自力では1分も保持できない)、起立不能、歩行不能、食事・更衣・排泄すべて全介助。
左半身の麻痺はなく、左上下肢MMTは4〜5。意識清明、ベッド上で家族と意思疎通可能。
この患者で身体障害者手帳を申請する場合、座っていられない以上「体幹機能障害1級」が直感的にイメージされやすいですが、通達上はこの判断は原則として誤りです。理由を順に確認していきましょう。
結論サマリー
✅ 脳血管障害による片麻痺は、原則として「下肢障害」として認定する(体幹機能障害ではない)[1][2]
✅ ただし脳幹出血・多発性脳梗塞などで運動障害が両側に及んでいる場合は、体幹機能障害として認定可能[1][2]
✅ 片麻痺の場合の最大等級は「一下肢の機能全廃」=3級が原則上限[3]
✅ 寝たきり・座位不能であっても、非麻痺側の下肢機能が保たれていれば「両下肢機能全廃(1級)」には該当しない[4]
✅ 体幹機能障害と下肢機能障害の重複認定は不可(合算もできない)[1][2]
✅ 廃用性症候群だけでは認定できず、永続性の医学的根拠を総合所見に記載する必要がある[2]
通達の核心 ― 片麻痺では体幹機能障害を認定しない
八王子市の「身体障害者診断書・意見書(肢体不自由)を作成する際の留意事項」には、東京都・国の身体障害認定基準を踏まえて以下のように明記されています[2]。
「脳血管障害等により片麻痺が生じている場合は、原則として体幹機能障害は認定しません。脳血管障害等による片麻痺では、たとえ、片側の体幹筋麻痺を有していても、体幹障害とはせず下肢障害として認定することとする。ただし、脳幹出血や多発性脳梗塞等により運動障害が両側に及んでいる場合にはこの限りではない。」
(東京都及び八王子市の障害程度等級表解説)[2]
この通達の趣旨は、片麻痺の臨床像は本質的に「半身の運動障害」であり、患側の体幹筋に部分的な麻痺があっても、体幹機能全体としては座位・起立に必要な対側の機能が温存されているという理解に基づきます。したがって認定上は「下肢障害」のカテゴリで評価することになります。
例外 ― 両側に運動障害が及ぶ場合は体幹機能障害が可能
通達には明確に「ただし、脳幹出血や多発性脳梗塞等により運動障害が両側に及んでいる場合にはこの限りではない」と例外が示されています[2]。具体的には以下のような病態が該当します。
| 例外として体幹機能障害認定が可能なケース | 臨床像 |
| 脳幹梗塞・脳幹出血 | 四肢麻痺・閉じ込め症候群・両側錐体路徴候 |
| 多発性脳梗塞 | 両側大脳半球にまたがる病巣(atherothrombotic/cardioembolic) |
| 分水嶺梗塞(両側) | 低灌流による両側皮質下・深部白質障害 |
| 低酸素脳症後の両側障害 | 心停止蘇生後、CO中毒など |
| 遺伝性・代謝性脳症 | 両側基底核病変などで両側錐体外路徴候 |
つまり想定症例のように左MCA梗塞の単一病変で右片麻痺のみの場合は例外に該当せず、下肢障害カテゴリで認定します。一方、両側病変が画像上明らかで、両側上下肢に運動障害が現れている場合は、体幹機能障害としての申請が可能になります。
下肢障害1級「両下肢の機能全廃」とは何か
下肢障害1級は「両下肢の機能全廃」と定義されており、身体障害認定基準では「下肢全体の支持性と運動性を失い、立っていること及び歩行の不可能なもの」とされています[1][2]。
両下肢の全体に障害がある場合でも、補装具なしで歩行や起立位保持が不能、MMTが×であっても、「座位又は臥位より立ち上がる」が△(半介助)と判定されるなど支持性に残存がある場合は、両下肢機能「全廃(1級)」ではなく「著しい障害(2級)」での認定が適当とされます[2]。
想定症例のように片麻痺のみで非麻痺側下肢が正常な場合、両下肢機能全廃ではなく一下肢の機能全廃として扱われます。一下肢の機能全廃は身体障害程度等級表で3級に該当します[3]。
片側下肢障害として申請する場合の等級の上限
身体障害程度等級表における下肢不自由の等級は以下のように規定されています[3]。
| 等級 | 下肢不自由の認定基準(抜粋) |
| 1級 | 両下肢の機能を全廃したもの/両下肢を大腿の1/2以上で欠くもの |
| 2級 | 両下肢の機能の著しい障害/両下肢を下腿の1/2以上で欠くもの |
| 3級 | 一下肢の機能を全廃したもの/一下肢を大腿の1/2以上で欠くもの |
| 4級 | 一下肢の機能の著しい障害/一下肢を下腿の1/2以上で欠くもの 等 |
| 5級 | 一下肢の機能の軽度の障害/一下肢の股関節又は膝関節の機能の著しい障害 等 |
| 6級 | 一下肢の足関節の機能の著しい障害 |
| 7級 | 一下肢の機能の軽度の障害/一下肢の股関節・膝関節・足関節のいずれかの機能の軽度の障害 等 |
つまり、純粋な片麻痺で麻痺側下肢機能を全廃と判定しても、下肢障害単独では3級が上限となります。ここから「合算で1級になるのでは」と考えがちですが、後述の通り体幹と下肢の重複認定は認められません。
動作能力と検査数値(MMT・ROM)の整合性
「歩行不能・起立不能・寝たきり」の動作所見だけで、下肢機能を全廃と認定することは認められていません。八王子市の留意事項では以下のように明記されています[2]。
「歩行や起立に関する動作活動が全て×であったとしても、下肢のMMTやROMが全廃相当でない場合は、原則として両下肢機能の全廃と認定することは適当ではありません」
「MMT等に残存がありつつも全廃相当での認定が適当な場合は『MMTに若干の残存があるものの、不随意運動が著しいため目的動作を全く行えず、機能として用をなしていないため全廃相当である』等を総合所見に記載してください」[2]
これは認定基準解釈の重要なポイントで、診断書では数値(MMT/ROM)と動作能力の両方を記載し、ミスマッチがある場合(例:MMTが2〜3だが固縮や失行で目的動作が全くできない)は総合所見でその理由を医学的に説明する必要があります。
体幹と下肢の重複認定はできない
下肢機能障害と体幹機能障害は、原則として重複認定を行いません[1][2]。
「体幹機能の障害と下肢機能の障害がある場合は、上位等級に該当するどちらか一方の機能障害で認定することが原則である。同一疾患、同一部位における障害について、下肢と体幹の両方から見て単純に重複認定することは適当ではない。」(国の身体障害認定基準の疑義解釈)[2]
このため、「下肢障害3級」と「体幹機能障害1級」を併せ持って合算で1級…という発想は通用しません。脳血管障害単一病変・片麻痺の場合は、下肢障害カテゴリで認定したうえで等級判定を行うことになります。
廃用性症候群の取り扱いと「永続性」の証明
身体障害認定では、障害の永続性が前提となります。長期臥床による筋力低下=廃用性症候群は、それ自体では身体障害として認定されません[2]。
「加齢や長期臥床状態等による廃用性症候群については、そのことだけをもって身体障害として認定することはできず、筋力の衰え等が永続することを示す根拠を総合所見等に記載してください。特に『臥床状態からの期間が浅い方』や『若年の方』の廃用性症候群については、その状況が将来とも回復する可能性が極めて少ないと判断された医学的理由を詳細に記載してください。」[2]
脳梗塞後の麻痺については発症から一定期間(一般に発症後6か月程度を目安に、リハビリテーションを十分に行ったうえでも改善が頭打ちとなる時点)を経過したのちに申請するのが原則です。発症早期からの申請では「永続性が証明できない」として認定が見送られたり、再判定が課されることがあります。
症例シミュレーション ― 何級と判定されるか
ケースA:左MCA広範梗塞・右片麻痺・寝たきり全介助
想定症例と同じ。右下肢MMT 0〜1、起立不能、座位不能。左下肢は正常。
→ 下肢障害として認定(右一下肢の機能全廃)→ 3級が原則。体幹機能障害は認定されない。
ただし、合併する上肢障害(右上肢機能全廃 ≒ 2級相当)と組み合わせると、肢体不自由全体としての等級が繰り上がる可能性がある(指数合算)。
ケースB:両側脳幹梗塞・四肢麻痺・寝たきり全介助
橋・延髄レベルの両側病変で、左右ともにMMT 0〜2、座位不能、起立不能。
→ 運動障害が両側に及んでいる例外に該当。体幹機能障害1級での認定が可能。あるいは両下肢機能全廃(1級)+両上肢機能全廃(1級)の合算評価も可能。
ケースC:両側大脳半球の多発脳梗塞・両側麻痺・座位不能
心原性塞栓症で多発脳梗塞、両側大脳半球の病変。両下肢MMT 1〜2、座位は数秒のみ可能だが10分は保持できない。
→ 両側障害の例外に該当。体幹機能障害2級(座位10分以上保持不能)または両下肢機能の著しい障害(2級)のいずれかで認定。重複認定は不可。
診断書記載の実務ポイント
✅ 病変分布の明記:MRI/CT所見を踏まえ「単一病変か」「両側病変か」を総合所見に記載
✅ 麻痺の左右と部位:右片麻痺、左片麻痺、四肢麻痺、両下肢麻痺などを明確に
✅ MMT・ROM:麻痺側下肢の各関節について実測値を記載(非麻痺側は空欄で「正常」とみなされる)
✅ 動作・活動能力:寝返り、起き上がり、座位保持、起立、歩行、ADLを×/△/○で評価
✅ 数値と動作のミスマッチ:MMT残存があっても全廃相当と判断する場合は、その医学的理由を総合所見に記載
✅ 永続性の根拠:発症からの経過期間、リハビリテーション実施状況、神経学的回復が頭打ちであることを明記
✅ 原因疾患の確定:脳梗塞であれば梗塞部位・発症日・治療歴を記載
まとめ
✅ 脳梗塞×片麻痺×寝たきり全介助でも、原則は「体幹機能障害」ではなく「下肢障害」で認定する
✅ 片麻痺単独の場合、下肢障害の上限は3級(一下肢機能全廃)
✅ 両側病変(脳幹梗塞・多発脳梗塞等)では体幹機能障害1級の認定が可能
✅ 体幹と下肢の重複認定はできない。同一部位の障害を二重評価しない
✅ 動作能力だけで全廃と判定せず、MMT/ROMとの整合性を確認
✅ 廃用性症候群のみでは認定不可。永続性の医学的根拠を総合所見に記載
✅ 実際の認定では、上肢障害・下肢障害・体幹機能障害を組み合わせた指数合算で総合等級が決まることが多い
「寝たきりで座位が取れない」患者を診たとき、反射的に「体幹1級」と書いてしまうと却下や差し戻しの原因になります。病変分布が片側か両側かを確認し、下肢障害カテゴリで適切な等級を選ぶことが、脳神経内科医として身につけておきたい認定の基本ルールです。
体幹機能障害の診断書作成の基本については、関連記事「体幹機能障害の診断書にROM・MMTの記載は不要 ― 知っておくべき等級判定の仕組み」もあわせてご覧ください。
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