静脈血栓塞栓症(Venous Thromboembolism: VTE:深部静脈血栓症 DVT および 肺血栓塞栓症 PTE)は、周術期・内科入院・がん患者において突然死の主要因となる予防可能な重篤病態です。2025年に改訂された日本循環器学会(JCS)/日本肺高血圧・肺循環学会合同ガイドラインでは、患者個別リスクスコアリング(Paduaスコア、Capriniスコア、Khoranaスコア)に基づく層別化とDOACを中心とした予防・治療戦略が示されました。本稿では最新ガイドラインの変更点を専門医が完全網羅して解説します。

📚 目次
はじめに
2025年改訂版『肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症ガイドライン』では、周術期患者、内科入院患者、がん患者、妊産婦といった対象ごとにVTEリスク評価モデルを活用し、リスクに応じた予防策を講じることが推奨されています1。ここでは各対象群について重視されるリスク因子と用いられるスコア(例:Capriniスコア、Paduaスコア、Khoranaスコアなど)、さらに現場で使いやすいリスク評価表を示し、効率的なリスク層別化のポイントを解説します。
周術期患者のVTEリスク評価(手術患者)
周術期(手術前後)患者では、Capriniスコアによる定量的リスク評価が広く用いられます2。Capriniスコアは患者の年齢、手術の種類・侵襲度、既往歴や合併症など多数の因子に点数を割り当て合計し、VTE発症リスクを層別化する方法です。得点が5点以上の患者はVTE高リスクとされ、予防的抗凝固療法の適応になります3。
Capriniスコアの主なリスク因子と点数
| 点数 | リスク因子 |
|---|---|
| 1点 | 年齢41~60歳、小手術、BMI > 25、軽度の下肢浮腫、炎症性腸疾患、呼吸機能異常(慢性肺疾患等)、急性心筋梗塞(最近)、心不全、静脈瘤、最近1か月以内の敗血症など |
| 2点 | 年齢60~74歳、悪性腫瘍、関節鏡手術、大手術(手術時間 > 45分)、腹腔鏡下手術、長期臥床(≧72時間の安静)、術前1か月以内のギプス固定、中心静脈カテーテル留置など |
| 3点 | 年齢75歳以上、VTEの既往、血栓症の家族歴、血栓性素因(抗リン脂質抗体症候群〔ループスアンチコアグラント陽性や抗カルジオリピン抗体陽性〕、第V因子ライデン変異、高ホモシステイン血症など)、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の既往など |
| 5点 | 股関節または膝関節の大手術(関節形成術)、1か月以内の下肢または骨盤骨折、急性期の脳卒中、多発外傷、脊髄損傷など |
ホルモン療法中、妊娠中、産褥期、習慣性流産の既往がそれぞれ+1点加算されます。
リスク層別化と予防策
| 合計点 | リスク分類 | 推奨される予防策 |
|---|---|---|
| 0~1点 | 低リスク | 早期離床、基本的な機械的予防 |
| 2点 | 中等度リスク | 下肢コンプレッション、必要時に薬物予防追加 |
| 3~4点 | 高リスク | 機械的予防+出血リスクを考慮し薬物予防検討 |
| ≧5点 | 最高リスク | 弾性ストッキング+間欠的空気圧迫法+予防的抗凝固薬の併用 |
ガイドラインでは高リスク(≧5点)患者には弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法に加えて予防的抗凝固薬の併用が推奨されます12。一方、低~中リスクでは早期離床や下肢コンプレッションなど基本的な機械的予防をまず行い、出血リスクとバランスを取りながら必要時に薬物予防を追加します31。
内科入院患者のVTEリスク評価(非手術の入院患者)
内科系疾患で入院中の患者では、Padua予測スコアが推奨されます2。Paduaスコアは入院患者の静脈血栓リスク因子に点数を割り当て、合計点でリスクを評価するモデルです。Paduaスコアが4点以上の患者はVTE高リスク(90日以内発症率約11%)とされ、出血リスクが許容できる場合は予防的抗凝固療法の適応になります3。
Padua予測スコアのリスク因子と点数
| リスク因子(Padua) | 点数 |
|---|---|
| 悪性腫瘍(活動性のがん) | 3点 |
| VTEの既往(表在静脈血栓症を除く深部静脈血栓症または肺塞栓症) | 3点 |
| 活動低下(≧3日間のベッド上安静など高度の行動制限) | 3点 |
| 血栓性素因(先天性血栓素因〈アンチトロンビン欠損症、プロテインC/S欠損症など〉や抗リン脂質抗体症候群) | 3点 |
| 1か月以内の大手術または外傷 | 2点 |
| 年齢 ≥ 70歳 | 1点 |
| 心不全または呼吸不全 | 1点 |
| 急性心筋梗塞または脳卒中(急性期) | 1点 |
| 急性感染症またはリウマチ性疾患 | 1点 |
| 肥満(BMI ≥ 30) | 1点 |
| ホルモン療法中(例:エストロゲン製剤の使用) | 1点 |
リスク層別化
| Paduaスコア | リスク分類 | VTE発症率 | 推奨対応 |
|---|---|---|---|
| ≧4点 | 高リスク | 約11% | ヘパリン製剤や低用量DOACによる予防的抗凝固 |
| <4点 | 低リスク | 約0.3% | 早期離床、脱水防止(薬物予防は原則不要) |
高リスク患者では出血傾向に十分留意しつつ、可能であればヘパリン製剤や低用量DOACによる予防的抗凝固を行います2。逆に低リスク患者では原則として薬物予防は不要で、早期離床や脱水防止といった基本管理に留めます(機械的予防は個別症例で検討)3。
内科入院患者では見落とされがちなVTE予防の重要性が強調されています。特に重症患者(集中治療室管理など)では積極的な予防策(抗凝固療法またはIPC装着)の適用が推奨されています12。退院後も高リスク症例ではVTE発症が報告されており、状況によっては退院後6週間程度の予防策継続も検討されます3。
悪性腫瘍患者のVTEリスク評価(がん患者)
がん患者(悪性腫瘍患者)はVTE発症リスクが特に高い集団であり、活動性がんそのものが強力な危険因子です。2025年改訂ガイドラインでは「がん関連静脈血栓塞栓症(CAT)」への対応が整理され、Khoranaスコアによるリスク層別化が紹介されています1。Khoranaスコアは外来化学療法中のがん患者におけるVTE発症リスクを予測するモデルです。
Khoranaスコアのリスク因子と点数
| リスク因子 | 点数 |
|---|---|
| がんの部位(原発巣):胃がん・膵がん | 2点 |
| がんの部位(原発巣):肺がん・リンパ腫・婦人科がん・膀胱がん・精巣腫瘍 | 1点 |
| 血小板数 ≥ 35万/μL | 1点 |
| ヘモグロビン < 10 g/dL または赤血球造血刺激因子(ESA)の使用中 | 1点 |
| 白血球数 > 11,000/μL | 1点 |
| BMI ≥ 35 | 1点 |
リスク層別化と日本人データ
| Khoranaスコア | リスク分類 | 日本人VTE有病率 |
|---|---|---|
| 0点 | 低リスク | 約1.7% |
| 1~2点 | 中間リスク | 7.3% |
| ≧3点 | 高リスク | 11.0% |
日本人データでは、スコア0点群のVTE有病率約1.7%、1~2点群で7.3%、≧3点群では11.0%と報告されており、このスコアによる層別化の有用性が示唆されています1。
ガイドラインでは活動性のがんかどうか(診断から6か月以内、治療中または再発・進行中などの定義あり)でVTE再発リスクを判断し、抗凝固療法継続期間の意思決定に反映するよう推奨されています2。実臨床ではKhoranaスコアが1点以上なら下肢エコーなどによるスクリーニングを検討し、特に高リスク(≧3点)患者では出血リスクを考慮しつつ予防的抗凝固療法(例:低分子量ヘパリンやDOACの予防投与)を検討するアプローチが現実的です1。
妊産婦のVTEリスク評価(妊娠中・産褥期)
妊娠中および産褥期(分娩後)の女性はVTEリスクが健常時に比べ大幅に増加します。妊娠そのものが凝固能亢進状態をもたらし、妊娠中は非妊時の4~5倍、産褥期は15~20倍ものVTEリスク上昇が報告されています3。そのためガイドラインでは、妊娠・出産に関わるリスク因子を評価してハイリスク群を抽出し、機械的予防の徹底や必要に応じた抗凝固療法の上乗せを行うことが推奨されています。
妊娠中のVTEリスク評価(妊婦)
ガイドラインでは妊娠中のVTEリスクに応じて第1群(高リスク)~第3群(低リスク)に分類し、それぞれに対応した予防策が示されています1。基本的には全ての妊婦に対し下肢運動や弾性ストッキング・間欠的空気圧迫法(IPC)等の理学的予防を行い、ハイリスク群ではさらに抗凝固療法を追加します2。
第1群(妊娠中のVTE高リスク群)の詳細
以下のいずれかに該当する妊婦は妊娠期間中を通して予防的抗凝固療法を行います3。
- VTE既往が2回以上ある場合
- VTE既往が1回あり、なおかつ以下の条件のいずれかに該当する場合:
- 血栓性素因(先天性または後天性の血液凝固異常)を有する
- そのVTEが妊娠中またはエストロゲン服用中に発症した
- そのVTEが安静・脱水・手術など一時的リスク因子なく特発性に発症した
- 第1度近親者(親兄弟)にVTE既往がある
- 妊娠前からVTE予防目的の抗凝固療法(長期抗凝固治療)を行っている場合
第2群(妊娠中のVTE中間リスク群)の詳細
以下の条件に該当する妊婦は妊娠中の抗凝固療法を個別に検討します(出血リスク等を考慮)。妊娠中に手術(帝王切開以外の手術処置)を要する場合は、これら中間リスクの妊婦にも周術期に予防的抗凝固療法を実施します1。
- VTE既往が1回あり、それが安静・脱水・手術など一過性の誘因下で起きた場合
- VTE既往がなくとも、次のリスク因子を有する場合:
- 血栓性素因を有する
- 妊娠中に心疾患・肺疾患を合併している
- 妊娠中に全身性エリテマトーデス(SLE)(免疫抑制剤治療中)、悪性腫瘍、炎症性腸疾患、関節リウマチなどの炎症性多発関節疾患を有する
- 妊娠中に四肢麻痺や片麻痺といった高度な運動障害がある
- 妊娠中にネフローゼ症候群を発症している
- 鎌状赤血球症(日本人ではまれ)を有する
第3群(妊娠中のVTE低リスク群)の詳細
一見リスクが低そうに見えても、以下の素因を有する妊婦は一般妊婦よりVTEリスクが高いとされ注意が必要です2。これらの因子を3つ以上有する場合は妊娠中の抗凝固療法を検討し、1~2個の場合もVTE発症に十分留意して経過観察します3。
該当する因子:
- 年齢35歳以上
- 妊娠前のBMI 25以上(肥満傾向)
- 喫煙習慣
- 第1度近親者にVTE既往歴がある
- 妊娠中の長期安静臥床
- 長時間の旅行(エコノミークラス症候群リスク)や脱水状態
- 顕著な下肢静脈瘤の存在
- 全身性の感染症の罹患
- 妊娠中の手術施行
- 卵巣過剰刺激症候群(体外受精後など)
- 重度の妊娠悪阻(入院を要するような著明な悪心・嘔吐)
- 多胎妊娠
- 妊娠高血圧腎症(子癇前症、いわゆる妊娠中毒症)
産褥期のVTEリスク評価(分娩後)
産褥期(出産後6週間程度)は妊娠中以上に血栓症リスクが高まる時期であり、とくに分娩後数日間に注意が必要です1。ガイドラインでは分娩後についてもリスク因子の有無に応じて3群に層別し、高リスク産褥婦には機械的予防+抗凝固療法、それ以外の群でも必要に応じた予防策を講じることが推奨されています23。帝王切開術後は自然分娩よりVTEリスクが更に上昇するため、該当するリスク群での対策徹底が重要です。
第1群(分娩後のVTE高リスク群)の詳細
以下の条件に該当する産褥婦には、分娩後できるだけ早期から抗凝固療法を行う(場合によっては間欠的空圧迫法との併用)ことが推奨されます3。
- VTEの既往歴がある
- 妊娠中すでにVTE予防のため抗凝固療法を施行されていた(妊娠中ハイリスク群に該当していた)
第2群(分娩後のVTE中間リスク群)の詳細
以下の条件に該当する産褥婦には、分娩後少なくともいずれかの予防策(抗凝固療法または間欠的空気圧迫法)を講じることが推奨されます12。出血リスクが低ければ薬物予防、出血リスクが高ければIPC装着など機械的予防を選択します。
- VTE既往はないが血栓性素因があり、後述の第3群リスク因子のいずれかを有する場合
- 帝王切開分娩かつ、後述の第3群リスク因子を2つ以上有する場合
- 帝王切開分娩かつVTE既往はないが血栓性素因がある場合
- 産褥婦本人に次のような合併症(状態)がある場合(該当すれば薬物予防を強く検討):高度肥満(分娩前BMI ≥35)、心疾患・肺疾患の合併、SLE(免疫抑制剤治療中)、悪性腫瘍の合併、炎症性腸疾患、関節リウマチなどの炎症性疾患、四肢の麻痺、ネフローゼ症候群、鎌状赤血球症など
第3群(分娩後のVTE低リスク群)の詳細
まとめ
以上、各対象別にVTEリスク評価のポイントとスコアリングを整理しました。
| 対象 | 評価ツール | ポイント |
|---|---|---|
| 周術期患者 | Capriniスコア | 包括的な因子評価、≧5点で高リスク、確実な予防を実施2 |
| 内科入院患者 | Paduaスコア | 見逃されやすい内因性リスクをスクリーニング、≧4点で高リスク2 |
| がん患者 | Khoranaスコア | ハイリスク群を抽出、がん治療と並行して血栓予防を検討1 |
| 妊産婦 | リスク群分類(第1~3群) | 妊娠・出産に特有の因子評価、段階的な予防介入23 |
これらのリスク評価法を現場で活用し、患者の状態に応じた適切なVTE予防戦略を取ることが、2025年改訂ガイドラインの大きな柱となっています1。致死的な肺塞栓症を未然に防ぐため、対象に応じたリスク評価と予防介入が重要です。
❓ よくある質問(FAQ)
Q. 内科入院患者のVTEリスク評価で用いる代表的スコアは?
A. Padua予測スコア(活動性癌、既往、安静臥床、血栓素因など)が標準的に用いられ、4点以上を高リスクとして薬物予防を検討します。
Q. がん関連血栓症(CAT)における第一選択薬は何ですか?
A. 消化管出血リスクに注意しつつ、DOAC(アピキサバン、エドキサバン、リバーロキサバン)またはLMWHが標準的選択肢となります。