アリドネパッチ(ドネペジル経皮吸収型製剤)は2023年に発売された日本初のドネペジル貼付剤です。2025年には、本剤投与患者で食欲改善が報告されました7。しかし、ドネペジルは本来、食欲不振や体重減少を起こしうる薬剤です。この報告はどこまで信頼でき、臨床でどう解釈すべきなのでしょうか。本稿では、コリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)全般の食欲・体重への影響から、アリドネパッチの消化器副作用の実態、そして実臨床での判断基準まで、現時点のエビデンスを整理します。

目次
結論:アリドネパッチは「食欲増進薬」ではない
アリドネパッチで食欲が改善したという報告はありますが、現時点のエビデンスは小規模・後ろ向き・対照群なしであり、「食欲を上げる薬」と位置づけるのは妥当ではありません。より正確な理解は、「経口ドネペジルで問題になっていた消化器不快や服薬負担が軽減し、その結果として食事摂取が改善する患者がいる可能性がある」というものです1,8。
ドネペジルはそもそも食欲を上げる薬なのか
経口ドネペジルの消化器副作用
経口ドネペジル(アリセプト)の電子添文では、消化器副作用として食欲不振、悪心、嘔吐、下痢が記載されています。さらに「その他の副作用」として体重減少も挙げられています。そもそも3mg開始量は有効量ではなく、消化器副作用を抑制する目的で設定されていることが明記されており1、それだけドネペジルの消化器への影響は無視できないものです。
したがって、少なくとも経口ドネペジルについては、「食欲改善を期待して使う薬」という理解は適切ではありません。
コリンエステラーゼ阻害薬と体重減少のエビデンス
この点はChEI全体で見ても同様です。Soysal らの2016年の系統的レビュー・メタアナリシスでは、ChEI使用は認知症高齢者の体重減少と有意に関連していることが示されました2。
さらに、米国VA医療システムのデータを用いたSheffrinらのコホート研究(2015年)では、ChEI開始後1年以内の体重減少リスクを定量的に評価しています3。
| 指標 | ChEI使用群 | 対照群 |
| 10ポンド以上の体重減少(12ヶ月) | 29.3% | 22.8% |
| ハザード比(95%CI) | HR 1.23(1.07-1.41) | |
| NNH(1年) | 21.2(12.5-71.4) | |
つまり、「ChEIは食欲低下・体重減少方向に働きうる薬剤群である」という臨床感覚は、メタアナリシスとコホート研究のいずれでも裏付けられています。
アリドネパッチで「食欲改善」が報告された研究
吉元2025年論文の概要
2025年、吉元和浩は『診療と新薬』に、アリドネパッチ使用患者の認知機能と食欲に関する後ろ向き観察研究を発表しました7。前治療薬なしのアルツハイマー型認知症40例にアリドネパッチ27.5mgを投与し、24週間追跡した結果は以下の通りです。
| 評価項目 | 結果 |
| MMSE | 24週で有意変化なし |
| SNAQ(施設入所者) | 6.7±1.7 → 16週後 17.2±2.2(解析18例) |
| 食事摂取量(施設入所者) | 16週後 157.9±12.5%(解析10例) |
| 副作用 | 皮膚・皮下組織障害 5例(12.5%)、胃腸障害 0例(0%) |
著者はこの結果から「食欲改善が認められた」と結論しています。注目すべきは、全例が前治療薬なし(新規開始)であり、経口ドネペジルからの切り替え患者ではない点です。また、胃腸障害は0例でした。
この研究の限界と解釈上の注意点
この研究の解釈には、以下の限界を考慮する必要があります。著者自身もこれらの限界を論文内で明記しています7。
- 対照群がない:経口ドネペジル継続群や未治療群との比較がなく、薬剤の効果なのか自然経過なのか区別できない
- 少数例:SNAQ解析は18例、食事摂取量解析は10例に限られる
- 後ろ向き・単施設:症例選択バイアスを排除できない
- 交絡因子:スタッフの声かけ、介護環境の変化が食欲増加に影響した可能性
- 短期観察:24週間の追跡では長期的な効果は不明
- 利益相反:著者はアリドネパッチの製造販売元である興和株式会社から講演料を受領し、論文投稿費用の支援を受けている
したがって、この報告のみから「アリドネパッチには食欲増進作用がある」と一般化するのは難しいと考えます。
貼付剤は消化器副作用をゼロにするわけではない
電子添文・RMPからみた消化器副作用の実態
アリドネパッチの電子添文(2025年4月改訂)では、消化器関連の副作用として以下が記載されています4。
| 頻度区分 | 副作用 |
| 1〜3%未満 | 下痢、食欲不振 |
| 1%未満 | 胃炎、嘔気、嘔吐、腹部不快感、消化不良、GERD、軟便 |
| 1%未満 | 体重減少 |
さらに、医薬品リスク管理計画(RMP)では、消化器症状(食欲減退、悪心、嘔吐、下痢等)は「重要な特定されたリスク」として継続的な監視対象に指定されています5。国内臨床試験382例のデータでは、食欲減退1.0%(4例)、下痢1.3%(5例)、悪心・嘔吐各0.5%(2例)が報告されています。
つまり、「貼り薬だから消化器副作用は起きない」という理解は誤りです。
第III相試験における経口剤との比較
2023年に報告された国内第III相試験(Nakamura Y et al.)では、アリドネパッチ27.5mgが経口ドネペジル5mgに対して認知機能低下抑制で非劣性を証明しました6。安全性についてはどうでしょうか。
| 有害事象 | パッチ群 | 経口群 |
| 胃腸障害全体 | 9.8% | 8.4% |
| 適用部位紅斑 | 24.9% | - |
| 適用部位そう痒感 | 22.5% | - |
| 接触皮膚炎 | 11.0% | - |
胃腸障害の発現率はパッチ9.8% vs 経口8.4%であり、「消化器副作用が大幅に少ない製剤」とまでは言えない結果です6。パッチで明確に増加するのは皮膚有害事象であり、アリドネパッチは副作用がなくなるのではなく、副作用の重心が一部皮膚側に移る製剤と理解するのが実態に近いです。
なお、PMDA申請資料概要では投与初期(0〜2週)の胃腸障害発現率はパッチ群3.5%(6/173)、経口群0.6%(1/166)とされています8。審査報告書の0〜4週区分では5.2% vs 1.8%であり、少なくとも初期についてはパッチの方が消化器症状が圧倒的に少ないとは言い切れません。
なぜ「食べるようになった」と見えるのか
ここで重要なのは、食欲改善の報告をそのまま薬理学的な「食欲増進作用」と読まないことです。
ただし、吉元論文の解釈には注意が必要です。この研究の対象は全例が前治療薬なし(新規開始)であり、胃腸障害も0例でした7。つまり、「経口剤の消化器不快が軽減した結果として食べるようになった」という仮説は、少なくともこの研究には直接当てはまりません。
著者らは考察の中で、食欲改善の要因として以下を挙げています7。
- 嚥下機能の改善:アセチルコリン濃度の増加により、コリン作動性ニューロンを介した嚥下機能が改善した可能性
- 抗炎症効果:アセチルコリン濃度増加に伴う炎症性サイトカイン産生抑制を介した食欲改善の可能性
- 嗅覚・味覚の改善:嗅覚粘膜および味蕾におけるアセチルコリン濃度増加による改善効果
- 血中濃度の緩やかな上昇:貼付剤は消化管を通過しないため、経口剤と比べてChEIの食欲に対するネガティブな影響が出にくかった可能性
一方、対照群がないことから、以下のような交絡因子の影響を排除できません。
- 介護環境の変化:スタッフの食事介助やこまめな声かけが食欲増加に影響した可能性(著者自身が限界として明記)
- 全身状態の変動:認知症患者の食欲は便秘、抑うつ、口腔状態、感染など多くの因子で変動しうる
- プラセボ効果:新たな治療介入自体がケアへの注意を高めた可能性
なお、実臨床で経口ドネペジルから貼付剤に切り替える場面では、上記とは異なる機序、すなわち「経口剤の消化器不快や服薬負担の軽減による結果的な食事摂取改善」が寄与する可能性があります。ただし、吉元論文はこの仮説を検証したものではない点に注意が必要です。
実臨床での位置づけ:どんな患者で切り替えを検討するか
アリドネパッチは「食欲改善目的で新規導入する薬」ではなく、以下のような症例で切り替えを検討する製剤と考えるのが妥当です4,8。
| 切り替えを検討する状況 | 具体例 |
| 経口ドネペジルで消化器症状が問題 | 悪心、食欲不振、下痢が持続し、減量でも改善しない |
| 内服アドヒアランスが不安定 | 飲み忘れが頻回、服薬拒否がある |
| 嚥下機能低下 | 経口投与自体にリスクがある、誤嚥性肺炎の既往 |
| 介護負担の軽減 | 服薬介助の負担が大きい、施設入所で管理を簡便化したい |
| 経口剤で「何となく食が細くなった」 | 明確な消化器症状はないが食事量が漸減している |
貼付剤使用時の注意点
- 同一部位への貼付は7日以上空ける(貼付部位ローテーション)
- 剥離後3週間は直射日光を避ける(光線過敏に注意)
- 適用部位紅斑(24.9%)、そう痒感(22.5%)、接触皮膚炎(11.0%)への観察が必要
- 皮膚トラブルが強い患者には不向き
PMDA審査報告書でも、貼付剤の開発背景として服薬管理困難例への対応、アドヒアランス向上、介護負担軽減が明示されており8、これが本剤の本来の臨床的位置づけです。
まとめ
- アリドネパッチは食欲増進薬ではない。ドネペジルを含むChEI全体が食欲低下・体重減少を起こしうる薬剤群である
- 食欲改善の報告はある(吉元2025年)が、小規模・後ろ向き・対照群なしであり、エビデンスレベルは高くない
- 貼付剤でも消化器副作用は残る。胃腸障害の発現率は経口剤と大差ない
- 改善の主たる機序は「経口剤の消化器不快や服薬負担が軽減した結果」と考えるのが最も妥当
- 実臨床では、経口ドネペジルで消化器症状・服薬困難が問題の症例での切り替え先として位置づけるのが適切
食欲低下が目立つ認知症患者では、薬剤の種類や投与経路だけでなく、便秘、抑うつ、口腔状態、感染、介護環境まで含めた多面的な評価が重要です。
よくある質問(FAQ)
Q1. アリドネパッチは食欲を改善する薬ですか?
いいえ。ドネペジルはChEIに分類される認知症治療薬であり、食欲増進作用を持つ薬ではありません。2025年の報告で食欲改善の可能性が示唆されましたが、エビデンスレベルはまだ低く、一般化はできません。
Q2. 経口ドネペジルで食欲が落ちた場合、パッチに変えれば改善しますか?
改善する可能性はあります。経口剤で生じていた消化器不快感が投与経路の変更により軽減し、結果として食事摂取が改善するケースは臨床的にあり得ます。ただし、パッチでも消化器症状は起こりうるため、確実な改善を保証するものではありません。
Q3. アリドネパッチの消化器副作用はどのくらいありますか?
電子添文では下痢・食欲不振が1〜3%未満、嘔気・嘔吐は1%未満とされています。第III相試験では胃腸障害全体でパッチ9.8% vs 経口8.4%であり、消化器副作用が大幅に少ない製剤とまでは言えません4,6。
Q4. アリドネパッチとリバスタッチパッチはどう使い分けますか?
最大の違いは適応症の範囲です。アリドネパッチは軽度〜高度のアルツハイマー型認知症に使用可能ですが、リバスタッチパッチ(リバスチグミン)は軽度〜中等度に限られます。また、アリドネパッチは軽度〜中等度では開始時の用量漸増が不要です。薬理学的には、アリドネパッチはAChE選択的阻害薬、リバスタッチはAChE+BuChEの二重阻害薬という違いがあります。
Q5. 貼付部位の皮膚トラブルへの対処法は?
同一部位への貼付を7日以上空けるローテーションが基本です。紅斑やそう痒感が出た場合は、ステロイド外用薬の併用が検討されます。剥離後3週間は直射日光を避けてください。皮膚症状が高度で継続困難な場合は、経口剤への再切り替えやリバスタッチパッチ(パッチサイズが小さい)への変更も選択肢です。