神経痛性筋萎縮症(Parsonage–Turner症候群)

神経痛性筋萎縮症(Parsonage–Turner症候群)

神経痛性筋萎縮症(Parsonage–Turner症候群)

神経痛性筋萎縮症スライド

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📋 疾患の要点 神経痛性筋萎縮症(PTS)は、突然発症する激烈な肩・上腕痛に続いて上肢の筋力低下・萎縮を呈する免疫介在性の末梢神経障害です。典型的な三徴候は「先行する誘因」「急性の疼痛発症」「局所の筋力低下と萎縮」であり、この経過を認識することが診断の鍵となります。

1. 疫学

発症率と患者背景

神経痛性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy, Parsonage–Turner症候群: PTS)は比較的まれな疾患で、古典的には年間発症率は10万人あたり1.6~3例程度と報告されています[1][2]。しかし見逃されている症例が多いと考えられ、近年の前向き研究では発症率が実際には約0.1%(1,000人に1人)に上る可能性も示されています[1][3]。男女比は男性優位で報告によって1.5:1から11.5:1と幅がありますが、おおむね男性に多い傾向です[4]。好発年齢は20~60歳代の働き盛り(平均40歳前後)で、中年期に多いものの、小児から高齢者まで幅広い年齢で発症し得ます[5]。多くは片側性の上肢に起こり、両側の腕に生じる例は全体の10~30%程度(同時両側発症は約16%)と報告されています[6]

誘因(トリガー)

PTS患者の少なくとも半数では発症に先行する誘発因子が確認されており、ある報告では73%の患者に何らかの誘因が認められました[7]

誘因 頻度
手術・処置 29%
感染症(主に上気道炎) 24%
過度の運動 17%
非外傷性外傷(スポーツなど) 10%
分娩 7%
歯科処置 6%
予防接種 5%

最も多い誘因はウイルス性の上気道感染などの感染症で、他に手術や全身麻酔(医療処置)[7]過度のまたは不慣れな運動[7]軽微な外傷(転倒や打撲など)[8]分娩[8]歯科処置[8]予防接種(ワクチン接種)[8]など多岐にわたります。

遺伝性神経痛性筋萎縮症(HNA)

本疾患には特発性(非遺伝性)のほかにごくまれな家族性(遺伝性)の型も存在します。遺伝性神経痛性筋萎縮症(hereditary neuralgic amyotrophy: HNA)は世界で200家系程度の報告に過ぎない極めて稀な疾患で[14][15]常染色体優性遺伝により発症し、第17染色体のSeptin9遺伝子変異が原因とされています[16]

⚠️ HNAの特徴
  • 小児~青年期(平均発症年齢28歳)に発症しやすい[17][18]
  • 顔面奇形(低身長、眼間距離の狭小、口蓋裂など)を伴うことがある[19]
  • 生涯に平均3~4回と再発頻度が高い[20]
  • 一般により重症で機能予後も不良[20][21]

臨床症状そのものは特発性と区別しにくいため、若年発症例明らかな再発例では家族歴や遺伝子検査も検討されます。

2. 病態(病態生理)

免疫介在性炎症の機序

PTSは免疫介在性の炎症による末梢神経障害と考えられています[22]。何らかの誘因(感染、ワクチン、手術、外傷など)をきっかけに自己免疫反応が誘発され、主に腕神経叢およびその分枝に対する限局性の炎症が生じる機序と推定されています[21]

実際、急性期PTS患者の神経生検ではリンパ球主体の炎症性細胞浸潤が認められており[21]、免疫学的検査では以下の所見が報告されています[23]

  • T細胞サブセットの異常(CD8陽性細胞の減少によるCD4/CD8比の上昇)
  • 抗ガングリオシド抗体抗末梢神経ミエリン抗体の陽性
  • 補体の終末産物の存在

一部の症例では髄液中のオリゴクローナルバンド(IgG指数の異常)が検出されることもあり、免疫介在性疾患である根拠の一つとなります[24]

病理組織学的所見

病理組織学的には、単核球(リンパ球やマクロファージ)による炎症細胞が神経内の小血管周囲に浸潤し、壊死性血管炎の所見はない点が特徴です[21]。慢性期・再発例ではonion bulb様(シュワン細胞の同心円状増生)の病理像も報告されており[21]節性脱髄と再髄鞘化が局所的に生じていることを示唆します。

また初期の炎症に伴う神経内の浮腫によって神経線維束の柔軟性が低下し、隣接関節の運動により神経が繰り返し屈曲・圧迫されてさらなる機械的ストレスが加わるという悪循環も想定されています[25]。実際に発症前に上肢の激しい運動を行っていた例が複数報告されており、反復する微小外傷が血液神経関門の透過性亢進を招き免疫因子の神経内侵入を助長する可能性があります[26]。このように体液性免疫(補体や自己抗体)と細胞性免疫の双方が関与し、かつ物理的要因も複合して神経に炎症を起こすと考えられます[27]

障害部位の分布

PTSは従来「腕神経叢炎(brachial plexitis)」とも呼ばれますが、実際には神経障害の局在は多発単神経炎的です。解剖学的に、腕神経叢内のどの神経幹や枝も障害されうることが報告されており[28]、典型的には上位神経幹(C5–C6由来)に由来する筋に好発しますが[29]、症例ごとに障害パターンは多様です。

障害神経 臨床症状
長胸神経 前鋸筋麻痺による肩甲骨翼状化[30]
肩甲上神経 棘上筋・棘下筋の麻痺[30]
腋窩神経 三角筋麻痺[31]
筋皮神経 上腕二頭筋ほかの麻痺[31]
橈骨神経(後骨間神経) 手指伸展障害[32]
前骨間神経 方形回内筋・長母指屈筋など支配筋の麻痺[33]

また症例の約17%では腕神経叢の範囲外の神経まで障害されるとされ、例えば横隔神経(C3–C5由来、障害されると片側横隔膜麻痺)や反回神経(嗄声の原因となる)が侵されることもあります[34]。遺伝性型HNAでは腕神経叢外の障害頻度がさらに高く、過半数(56%)の患者で下位脳神経(顔面神経、迷走神経、副神経など)や腰仙骨神経叢への病変がみられるとの報告があります[35]

このように病変の広がりは必ずしも腕神経叢に限局せず、多巣性の単神経炎(multifocal neuropathy)として理解する方が実態に近い場合があります[35]。近年のMRI研究では典型的PTS患者の多くで腕神経叢そのものには異常所見がなく、むしろ単一あるいは複数の末梢神経分枝レベルでの局所病変(いわゆる紐玉状の絞扼性病変)が検出されることが示されています[36]。これらの所見は、臨床的に「腕神経叢炎」と呼ばれてきたPTSの実態が、複数の神経にまたがる多発ニューロパチーであることを示唆しており、画像評価や治療方針にも影響を与えつつあります。

3. 診断

診断の基本

PTSの診断は臨床症候に基づいて行われます。典型例では、突然発症する片側の肩または上腕の激烈な疼痛で始まり[3]、その激痛は数日から数週間持続した後に次第に軽快します。しかし疼痛軽減後、今度は同じ上肢の筋力低下や筋萎縮が明らかになり、患者は腕を挙上できない・物が持てない等の運動麻痺症状を自覚します[37]

📋 PTSの診断三徴候
  1. 先行する誘因(感染症、ワクチン、手術など)
  2. 急性の疼痛発症(激烈な肩・上腕痛)
  3. 局所の筋力低下と萎縮(まだらな分布)

この「激痛発作に引き続いて運動麻痺が出現する」という経過が診断の手掛かりです[37]

感覚障害(しびれや知覚鈍麻)は認めることもありますが、運動麻痺に比べると軽度でまだら状に分布する傾向があります[37]。Van Alfenらは診断に有用なポイントとして以下の3点を挙げています[38]

  • 激しい疼痛発作を呈したか
  • その後の筋力低下はまだらな分布か(単一神経支配にはとどまらないか)
  • 発症前に感染症やワクチン、手術など誘因はあったか

電気生理検査

筋電図(EMG)・神経伝導検査(NCV)はPTSの診断および障害部位の特定に極めて有用です。筋電図所見では、症状出現から2~3週以降に該当筋の急性脱神経所見(フィブリレーション電位など)が認められます[39]

特徴的なのは、その分布が解離性・斑状であることです。一つの神経や神経根が障害される場合、通常はその支配下のすべての筋に均一に脱神経所見が出ますが、PTSでは同じ神経に支配される筋でも脱神経の有無に差が出ることがあります[40]。言い換えれば、「ある筋は麻痺しているが、同じ神経支配の別の筋は正常に近い」という所見がしばしば見られます[41]。さらに、複数の神経にまたがって部分的な麻痺が生じるため、筋電図上も複数神経領域にわたるまだらな障害パターンが示されます[41]

加えて、知覚神経伝導検査ではSNAP(感覚神経活動電位)が保たれるのに対し、その混合神経の運動枝支配筋に脱神経が認められるという運動・感覚所見の乖離もしばしば指摘されます[42]。これは病変が後根神経節より遠位(神経叢~末梢神経)にあることを示唆する所見であり、脊髄神経根障害との鑑別に有用です[42](神経根障害では感覚神経細胞体が後根神経節にあり障害されるため、その髄節レベルのSNAP低下をきたすことが多い)。

画像検査

MRIは他疾患の除外と、PTSによる神経障害の間接所見確認に用いられます。頚椎MRIで椎間板ヘルニアや脊髄症などがないか確認し[43]肩関節MRIで腱板断裂やインピンジメントなど整形外科的病変がないか評価します[43]

PTSそのものによる所見としては:

  • 急性期:筋肉内の浮腫によるT2強調像でのびまん性高信号が最も早期に検出される異常所見[44]
  • 慢性期:支配筋の神経原性筋萎縮の所見(筋の造影不良や脂肪変性)
  • 神経そのものの肥厚や造影増強も、MR神経造影(MR neurography)で描出される場合あり[45]

しかしMRIで明らかな神経異常が描出されないケースも多くあります。近年の検討では、PTS患者27例中24例でMRI上の腕神経叢自体には異常がなく、むしろ個々の末梢神経の局所的絞扼所見が見られたと報告されています[36]。したがってMRI所見が正常でもPTSを否定できない点に注意が必要です[46]

一方、神経超音波(高分解能エコー)は動的に複数の末梢神経を評価でき、近年PTSの評価に注目されています[46]。超音波では、神経の局所的な膨隆や萎縮(hourglass様絞扼病変)が検出でき[47]、対側比較や位置の変化に伴う神経描出が容易という利点があります[46]。特にMRIが得意でない抹消部の神経障害や、絞扼性病変の検出には超音波が有用です[46]

診断のピットフォール

⚠️ 典型的な誤診
  • 整形外科的肩関節疾患(五十肩=癒着性関節包炎、腱板断裂、石灰沈着性腱炎など)[48]
  • 頚椎症性神経根症(頚椎椎間板ヘルニア等)

肩関節疾患では通常そこまでの激痛は突然生じず、また筋萎縮・麻痺は起こりません。神経根症では痛みや脱力の分布が神経根支配領域に整然と一致し、MRIで頚椎の明らかな神経圧迫所見がみられることが多い点で鑑別できます[43]。PTSでは痛みの分布が漠然と肩甲帯~上腕に広がり、運動麻痺も単一髄節にとどまらないため、不自然に広範かつ不整な分布であれば本症を疑います[49]

加えて発症様式が重要です。PTSは健康だった人が夜間突然に「耐え難い激痛」で目を覚ますという劇的な始まり方をすることが典型です[50]。医療者がPTSを知らない場合、痛みだけに注目して原因不明の肩関節周囲炎として経過を見逃すこともあり、診断遅れの一因となります。

特に手術後や外傷後の症例は要注意です。例えば肩関節手術や頚椎手術の直後にPTSが発症した場合、術後の疼痛や神経牽引障害と混同されやすく診断が遅れがちです[51]。しかし術後経過中に痛みの性質や部位が急変し、麻痺が出現した場合にはPTSを疑う必要があります[51]。また、横隔神経麻痺による呼吸困難(労作時呼吸困難や起坐呼吸)が起きている場合、心不全や肺疾患と誤った方向に精査される恐れがあります[52]

4. 治療

全般的な方針

残念ながらPTSに対する特異的治療法は確立しておらず、基本的には支持療法(対症療法とリハビリテーション)で経過を乗り切ることになります[53]。治療の目標は:

  • 急性期の疼痛を緩和する
  • 回復を待つ間に可能な限り筋力と関節可動域を維持する
  • 二次的な合併症(関節拘縮など)を予防する[54]

神経機能の自然回復には長期間を要するため、適切な支持療法によりQOL低下を最小限に抑えることが重要です。

急性期の疼痛管理

発症直後の激しい神経痛に対しては、まず鎮痛薬による十分な痛みのコントロールが必要です。軽度~中等度の痛みであればNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)アセトアミノフェンを用いますが、典型的なPTSの痛みは非常に強いため、オピオイド系鎮痛薬の短期間使用が必要となる場合もあります[55]。また、神経障害性疼痛に効果のあるプレガバリン・デュロキセチン等の鎮痛補助薬を併用したり、肩部神経叢への神経ブロック注射を行った症例報告もあります[56]

ステロイド療法

副腎皮質ステロイドの投与は古くから試みられてきました。現在までランダム化比較試験による明確なエビデンスはありませんが、一部の後ろ向き研究では発症後早期(1か月以内)に経口ステロイドを投与することで初期疼痛期間が短縮し、筋力の回復が早まったとの報告があります[57]

📋 ステロイド投与レジメン例 プレドニゾロン 1mg/kg/日を約2週間投与し、その後2週間かけて漸減[58]

ステロイド投与の効果は主に急性期の炎症制御による疼痛軽減と考えられます[57]。そのため、痛みが治まってからのステロイド投与開始では効果は期待しにくく、あくまで発症直後の急性期に限られるとの意見が一般的です。一方で、発症から数か月経って麻痺期に入ってからでもステロイドパルス療法を行い改善を認めたケース報告もあり[59]、重症例では検討されることがあります。

免疫グロブリン療法(IVIG)

近年では再発例や重症例に対し、免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)を行った報告も散見されます。大規模研究はありませんが、IVIG投与後に症状改善が得られたとする小規模報告がいくつかあり[60]、自己免疫関与の強い症例では治療選択肢になり得ると考えられます。ただしIVIGは費用も高くエビデンスも限られるため、通常はステロイド治療に反応しない例や慢性・再発例で慎重に検討されます。

リハビリテーション戦略

理学療法(PT)作業療法(OT)はPTSの機能回復に不可欠です。ポイントは時期に応じた目標設定で、急性疼痛期と回復期とで内容が異なります。

時期 目標 具体的介入
急性期(疼痛が強い間) 関節拘縮の予防
疼痛緩和
他動的・自動補助的な関節可動域訓練[61][62]
肩甲骨周囲筋の姿勢矯正[63]
アイシング、温熱、低周波刺激[64]
三角巾やアームスリングでの保持(短期間のみ)[65]
回復期(疼痛軽減後) 筋力増強
機能回復
麻痺筋のアクティブな運動[64]
段階的な抵抗運動[66]
肩甲帯安定化エクササイズ[67]
日常生活動作指導(自助具使用など)[68][69]

早期リハビリ移行が推奨されており、早く始めるほど最終的な機能回復が良好となる傾向があります[64][68]。患者にも「神経の回復には時間がかかる」ことを理解してもらい、リハビリ継続への動機付けを行います。過度の筋トレは避けつつ、しかし不使用にもさせないという負荷コントロールが重要で、理学療法士の指導の下で最適な運動量を見極めます。

再発・重症例への外科的対応

大部分の患者は保存的治療で改善しますが、ごく一部で筋力低下が高度かつ永続的となるケースがあります。発症から1年近く経っても特定の筋に筋電図上の自発活動(再支配の徴候)が全く見られない場合、その筋の神経は物理的絞扼が起きている可能性があります[70]

近年、MRIや超音波検査でhourglass様の神経狭窄が確認されたPTS症例に対し、外科的にその狭窄部を解放・切除して神経縫合または神経移植術を行い、機能回復が得られた報告が散見されます[71]。特に長胸神経腋窩神経などの狭窄では、手術で神経を修復することで肩甲骨翼状化や三角筋麻痺が改善した例があります[72]

⚠️ 外科的介入の検討時期 発症から9~12か月経っても筋力の回復が全く見られない場合は、整形外科の末梢神経外科専門医と相談し手術的介入を検討[72][73]

加えて、永続的麻痺に対しては腱移行術神経移行術などの再建手術で機能代替を図ることも可能です[74]。例えば僧帽筋や肋間筋を肩甲帯の代用筋に移行したり、不要不急な神経(副神経など)を上位腕神経叢の一部に移植するなどの方法が報告されています[75]。これら外科的治療は一般的ではありませんが、重度後遺症例で患者のADL改善のために検討されます。

5. 予後

自然経過

PTSは自然寛解する疾患ですが、その経過は患者ごとに大きく異なります。一般に単相性(1回の発作で止まる)の経過をとり、命に関わることはありません。ただし回復までに長期間(数か月~数年)要し、また全ての患者が完全に元の筋力に戻るわけではありません[76]

時期 経過
疼痛期 数週間~数か月で軽快
筋力回復 6か月~最長5年
2年後 約75%がほぼ完全な筋力回復[77]
残り25%に何らかの後遺障害[78]
1年後 大半が日常生活自立可能[76]
全快は一部(3~4割程度)[79][80]

他の報告では、2~3年後に筋力の80~90%程度は回復するものの、70%近くの患者に軽度でも筋力低下や運動耐容能の低下が残存していたとされています[79]

予後に影響する因子

症状の重症度(特に疼痛の激しさと持続期間)は予後に比例する傾向が報告されており、疼痛が長引き重かった患者ほど筋力回復が不十分となる例が多いようです[81]

⚠️ 予後不良因子
  • 女性であること[82]
  • 腕神経叢下位の障害(手の筋力低下を来すような場合)[83]
  • 発症後3か月経っても全く筋力回復が見られないこと[84]

上位神経幹(肩甲帯中心)のみの障害は比較的予後良好ですが[85]、下位(手指)に行くほど回復しづらい傾向があります。また高齢発症でも若年発症でも予後に大きな差はないとの報告があります[76]

残存障害

後遺症として多いのは:

  • 軽度の筋力低下(特に肩の外転や屈曲力の低下)[86]
  • 激しい運動時に健側との差を感じる筋持久力低下
  • 慢性痛(ジンジンする鈍い痛みや肩こり様の不快感)
  • 肩甲骨翼状化が残れば肩関節の可動域制限や不安定性
  • 手指の巧緻運動障害が残存した場合、デスクワークや細かい手作業に支障

再発率

一度良くなった後に再発(別のエピソード)することがあり得ます。特発性PTSは長らく「基本的に再発しない」疾患と考えられてきましたが、近年の追跡研究では再発率5~26%と報告されており[60]、決してゼロではありません。およそ4人に1人程度が数年以内に再発を経験するとのデータもあります[87][88]。再発時は同側を侵す例もあれば反対側を侵す例もあります。

再発を複数回繰り返す患者は遺伝性型(HNA)も鑑別に上がります。遺伝性HNAでは再発が極めて高頻度で起こり、その報告系列では実に75%以上の症例が再発を経験しています[87][88]

6. 鑑別診断

頸椎症性神経根症

頸椎椎間板ヘルニアや骨棘による神経根圧迫では肩・上肢痛と筋力低下が生じるためPTSと紛らわしいことがあります。しかし頚椎由来の神経根症では通常、頚部から腕にかけての放散痛やSpurling徴候陽性を認め、痛みや感覚障害の分布は神経根のデルマトームに沿った明確なパターンを示します。

項目 頚椎神経根症 PTS
疼痛の分布 頚部→腕への放散痛
デルマトームに一致
肩甲帯~上腕部の漠然とした激痛[50]
筋力低下 単一神経根支配に一致
(例:C7なら上腕三頭筋+手指伸展筋)
まだらな分布
単一髄節では説明不能[49]
頚椎MRI 椎間板突出や神経孔狭窄あり 正常が多い[43]

肩関節周囲の整形外科疾患

五十肩(癒着性関節包炎)腱板断裂石灰性腱炎肩関節不安定症などは肩の痛みと運動制限を来すため鑑別に挙がります。痛みの質と経過が最大の違いです。

  • 五十肩:徐々に肩関節の可動域が狭くなり慢性的な痛み。PTSのようにある日突然夜間睡眠を妨げる激痛が走ることは通常ない
  • 腱板断裂:挙上筋力低下はあっても神経脱落所見はなく、筋萎縮も断裂筋(例:棘上筋)のみに限局し、感覚障害は伴わない[43]
  • 石灰沈着性腱炎:突然の肩激痛を来す点でPTSと類似するが、X線・エコーで腱板に石灰沈着が証明でき、筋力低下を伴わずNSAIDsや局所麻酔ステロイド注射で数日~1週間で劇的改善

運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症など)

ALSは進行性の筋力低下と筋萎縮を来しますが、感覚障害や疼痛は原則伴わないこと、数週間で症状がピークに達するような急性の経過は通常とらないことでPTSと明確に異なります。PTSの痛み~麻痺への時間経過が明瞭であるのに対し、ALSでは痛みはなく徐々に筋力低下が広がります。またALSでは線維束攣縮や病的反射など上位運動ニューロン徴候も出現し得ます。

多巣性運動ニューロパチー (MMN) / 慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー (CIDP)

いずれも免疫性の末梢神経障害ですが、MMN/CIDPは慢性進行性または再発寛解型であり、急性に完結するPTSとは経過が異なります。また疼痛は通常目立たないため、激しい疼痛発作から始まるPTSとは呈域が異なります。神経伝導検査ではMMN/CIDPでは典型的な伝導ブロック脱髄所見(潜時延長・伝導速度低下)が検出されますが[89]、PTSでは主に軸索損傷であり伝導ブロックは基本認めません。

腫瘍性病変による神経障害

パンコースト腫瘍(肺尖部の肺がん)は腕神経叢下部を侵し、肩甲帯から尺骨神経領域にかけての激痛と手の筋萎縮を来します。一見PTSのようですが、通常は数週~数か月単位で徐々に症状が進み、ホルネル症候群(患側の眼瞼下垂・縮瞳・顔面発汗低下)を伴うことがあります。また全身的に体重減少や発熱など悪性腫瘍の随伴症状を呈する場合もあります。胸部X線やMRIで肺尖部に腫瘤が映れば診断は明らかです。

放射線性神経障害も鑑別に挙がります。乳癌やリンパ腫治療で腋窩・鎖骨上に放射線照射を受けた患者が、数年~十数年後にゆっくり進行する腕神経叢症状(放射線性腕神経叢症)を呈することがあります。これは痛みよりもしびれと筋萎縮が徐々に進むのが特徴です。

感染性ニューロパチー

帯状疱疹は頚神経節や腕神経叢に炎症を起こし得ます。頚部~上肢の帯状疱疹後に起こる帯状疱疹後神経痛性筋萎縮は、ウイルス感染が明確な誘因となるPTSに近い状態です。鑑別点は、皮膚の帯状疱疹発疹が典型的には先行・随伴することで、また痛みが灼けるような神経痛で感覚障害が強めである点です。

ライム病(ボレリア感染)は北米など一部地域で問題になりますが、ライム病では遊走性紅斑の既往や関節痛を伴うこと、神経症状としては両側性の顔面神経麻痺や髄膜炎を合併しやすいことなどで区別できます。HIV初期でも急性の神経根炎を呈することがあります[90]

📋 鑑別診断のポイント PTSの鑑別診断は広範囲に及びますが、「発作性の激痛」に「まだらな筋力低下」が「単相性に起こる」という特徴的な経過を示す疾患は他にありません[50]。臨床医はこのPTS特有のパターンを認識し、他疾患では説明できない所見の組み合わせに注目することが大切です。

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📚 参考文献

1 7 8 10 12 13 20 21 22 23 24 25 26 27 36 37 45 46 47 88 91 Parsonage–Turner Syndrome following COVID-19 Vaccination: A Systematic Review - PMC. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10975425/
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43 44 60 76 89 90 92 Parsonage-Turner syndrome: a firsthand experience of an uncommon malady - PMC. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8546633/
56 神経ブロックとデュロキセチンが疼痛治療に有効であった神経痛性筋萎縮症. 日本ペインクリニック学会誌. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspc/30/10/30_23-0030/_html/-char/ja
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86 87 Brachial Neuritis Follow-up - Medscape Reference. https://emedicine.medscape.com/article/315811-followup