複数の抗てんかん薬を入れても断続的な発作が止まらない高齢者を前に、ミダゾラム・プロポフォール・チオペンタールを持続静注し、気管挿管して鎮静まで踏み切るか——この判断に確信を持てる医師は多くありません。発作が止まっても長期臥床による廃用で社会復帰できない症例を見てきたなら、なおさらです。日本語圏の解説の多くは「第2段階で止まらなければ約30分で全身麻酔へ」と発作型を問わず一律に提示しますが、2026年時点の国際文献が示す答えは違います。分岐の軸は年齢でも入院前ADLでもなく「発作型 × 意識レベル」であり、実際には難治性重積の71.7%が挿管されずに治療されているという現実があります。そして「高齢だから、ADLが低いから見送る」という逆方向の判断にも、実は根拠が乏しいことが分かってきました。本記事では、麻酔薬導入の患者選択・タイミング・目標・期間を、PubMed収載の一次文献に基づいて整理します。脳神経内科医・救急医・集中治療医向けです。
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- 「難治=麻酔」ではない:難治性重積に進展した545例のうち71.7%は挿管されていない。難治例の52.7%が良好転帰2。
- 分岐は「発作型 × 意識レベル」:麻酔薬が正当化されるのはけいれん性の難治例と昏睡を伴う非けいれん性重積(NCSE with coma)。意識が保たれたNCSE・焦点運動発作性重積では役割が乏しい1。覚醒例の致死率8.2%に対し意識障害例33%6。
- 「麻酔薬が予後を悪くする」は読み方に注意:感染43%対11%・死亡の相対危険2.88だが、難治性で追加調整すると有意でなくなる(適応による交絡)3。前向き多施設研究でも調整後に差は消失する4。
- 高齢・ADL低下は差し控えの理由にならない:入院前の機能障害は1年後の機能低下と独立して関連しない(オッズ比0.61・有意差なし)5。
- 導入するなら:遅らせない/目標は発作停止(burst suppressionではない)/期間は最短/持続脳波で離脱1。
目次
1. そもそも「難治性重積=麻酔・挿管」なのか
てんかん重積は高齢者の病気である
ILAE 2015年定義に基づく初の人口ベース研究では、成人てんかん重積221例の年齢中央値は69歳(範囲20〜99歳)でした6。中欧9施設のレジストリでも適格996例の年齢中央値は70歳です2。重積の管理を考えることは、そのまま高齢者医療を考えることです。
そして、エスカレーションの判断は必ず訪れます。ベンゾジアゼピン抵抗性のけいれん性重積384例を対象としたESETT試験では、第2選択薬による60分後の発作停止と意識改善はレベチラセタム47%・ホスフェニトイン45%・バルプロ酸46%で、3剤に有意差はありませんでした12。どの薬を選んでも、約半数では止まらないということです。
しかし現実には、多くが挿管されていない
ここで実務のデータが効いてきます。中欧3か国9施設で全連続症例を前向き登録したSENSEレジストリの事後解析では、適格996例のうち545例(54.7%)が難治性重積に進展しました。そのうち——
- 71.7%は挿管されていない(第1・第2選択治療中に挿管された例はあらかじめ除外されている)
- 52.7%が良好転帰(modified Rankin Scale 0〜2、または入院前と比べて悪化なし)
原著の結論は明快です——「難治性重積の70%超が挿管されずに治療されており、深い意識障害を伴わない焦点性の難治性重積は、高齢者ではICU外で治療しうることを示唆する」2。
同じ患者でも、病院が違えば判断が変わる
判断に幅があることを、別の角度から示したのがハーバード関連4施設とローザンヌ大学病院を比較した前向き研究です。両群は人口統計・併存症・重積の特性・重症度スコア(STESS)で均質だったにもかかわらず、治療的昏睡の使用率はハーバード側25.4%に対しローザンヌ側9.75%と2.6倍の開きがありました。調整後も「どの施設にいるか」が独立した規定因子(オッズ比11.3)として残っています19。
同研究で死亡と関連したのは併存症指数・重症度スコア・病因・難治性であって、治療的昏睡ではありませんでした。治療的昏睡と相関したのは在院日数の延長(発生率比1.6)だけです19。
「難治だから麻酔」は自動的な帰結ではありません。判断の余地は実際に大きく、その余地は現在エビデンスではなく施設文化で埋められています。だからこそ、何を基準に決めるかを言語化する価値があります。
2. 誰に導入すべきか——分岐の軸は「発作型 × 意識レベル」
2026年に発表されたスコーピングレビューは、持続静注麻酔薬(continuously administered intravenous anesthetic drug:CIVAD)について「投与目標・タイミング・患者選択」の3点を整理し、患者選択が最も重要な論点であると結論しました1。その分岐は以下の通りです。
| 重積の病型 | 麻酔薬導入の位置づけ | 根拠となる考え方 |
|---|---|---|
| けいれん性の難治性重積 | 正当化される | 生命を脅かす救急病態。ガイドラインの推奨はここから導かれている |
| subtle SE (昏睡+発作性EEG所見、運動症状は軽微または欠如) |
正当化される | けいれん性重積の遷延形(電気-運動解離)とみなされる。第1選択薬への反応は15%にとどまり、けいれん性重積の55%と対照的 |
| NCSE with coma (昏睡を伴う非けいれん性重積) |
個別化・正当化されうる | 一貫して転帰不良と関連するが、昏睡が発作活動によるのか背景病態によるのかを切り分けられないことが未解決の課題 |
| NCSE without coma (意識が保たれた非けいれん性重積) |
役割は乏しい | 転帰を決めるのは発作の持続そのものより病因と併存症。循環不安定と長期人工呼吸のリスクが利益を上回りうる |
| 焦点運動発作性重積 (持続性部分てんかん=EPCを含む) |
役割は乏しい | 同上。第1選択薬に難治であることは多いが、麻酔薬が使われることは稀 |
※ 表の内容は文献1の患者選択に関する記述に基づく。バッジは本記事による要約表現。
意識レベルが予後を分ける
この分岐を疫学が裏づけます。ザルツブルク市の人口ベース研究(低酸素性脳症を除く成人221例)では——
- 両側強直間代発作のみで終わった、あるいはそれだけで構成された症例の死亡はゼロ
- それ以外の臨床像では、致死率は覚醒例8.2%に対し意識障害例33%
原著は「重積の進展パターンと意識レベルが強い予後規定的意味を持つ」と結論しています6。
昏睡側の重さも実データで確認できます。救急部で治療された高齢NCSE-coma 51例(平均72.2歳)では、30日以内死亡が41.1%でした8。一方、意識が保たれた側では、非けいれん性重積200例の検討で58.5%が適切な抗てんかん薬治療で改善しています10。
前提:t1・t2とは何か
ここで、ILAE 2015年定義のt1・t2を整理しておきます。日本語の教科書や解説ではあまり前面に出ない概念ですが、「30分」という数字の意味を理解するには欠かせません。この定義は重積状態を2つの時間点で捉えます11。
| 時間点 | 何を意味するか | けいれん性重積での値 |
|---|---|---|
| t1 | 発作を止める機構が破綻し、治療を開始すべき時点。これを超えた発作を「異常に遷延した発作活動」とみなす | 5分 |
| t2 | 神経細胞死・神経損傷・神経ネットワークの変化といった長期的な帰結のリスクが生じる時点 | 30分 |
つまりt1は「いつ治療を始めるか」、t2は「いつ脳が傷つき始めるか」という、性質の異なる2つの時計です。日本語の解説で語られる「30分」は後者のt2であり、治療開始の目安であるt1(5分)とは別の概念です。この区別が曖昧なまま「30分」だけが独り歩きすると、次の誤りが生じます。
t1=5分・t2=30分という値が与えられているのは、けいれん性(強直間代性)重積についてだけです。原著は「この根拠は不完全であり、相当のばらつきがあるため、現時点で得られる最良の推定値とみなすべき」と明記したうえで、他の病型についてはt1/t2のデータがまだないと述べています11。非けいれん性重積に30分ルールを機械的に適用する根拠はありません。
なお、高齢者の非けいれん性重積は認知機能低下との鑑別が問題になります。この点は認知症と間違えやすい高齢者のてんかんで、発作性の意識障害の見分け方は意識消失発作と「いびき」―失神とてんかんをどう見分けるかで扱っています。
3.「麻酔薬が予後を悪くする」の正しい読み方

この分野で最も引用される研究が、単施設6年コホート171例の解析です。持続静注麻酔薬を投与された37%の患者では——
- 重積中の感染が43%(非投与群11%、p<0.0001)
- 死亡の相対危険2.88(95%信頼区間1.45〜5.73)
この数字だけを見れば「麻酔薬は害」と結論したくなります。しかし同じ論文が、自ら重要な限界を述べています。
「持続静注麻酔薬は第1・第2選択薬が失敗した後に使われるため、治療抵抗性の重積と麻酔薬の使用の間に相関があり、難治性重積で追加調整すると、麻酔薬のリスクと転帰に関する結果は有意でなくなった」3。エビデンスのクラスはIII(クラス分類上、最も弱い部類)です。
つまりこれは典型的な適応による交絡(confounding by indication)です。麻酔薬が予後を悪くしているのか、麻酔薬を必要とするほど重い病態が予後を悪くしているのかを、この研究デザインでは分離できません。
前向き多施設研究が同じ結論に到達した
2026年に報告された前向き多施設研究(成人重積145例、うち難治性55%、難治例の47%に治療的昏睡)は、この点を独立に検証しました。治療的昏睡を受けた群は機能転帰が不良で死亡率も高かったものの——
「交絡因子で調整した後、これらの差は有意ではなくなった。すなわち、転帰の差はベースラインの疾患重症度でおおむね説明される」4
同研究は、非麻酔性の抗てんかん薬を積み増していく保守的なアプローチが相当割合の難治性重積で依然として有効であることも示しています4。第2選択薬の選び方については抗てんかん薬レベチラセタム:作用機序、適応症、有効性と安全性も参考になります。
「麻酔薬を避ければ助かる」のではありません。「麻酔薬を必要とする病態が重い」のです。
したがって避けるべきは麻酔薬そのものではなく、① 適応の乏しい病型への適用と② 不要に長い曝露の2つです。
4. 高齢・ADL低下は差し控えの理由になるか

ここが本記事で最も伝えたい部分です。臨床現場では「もともとADLが低いから」「高齢だから」が治療制限の理由として頻繁に使われます。前向き多施設研究でも、積極的治療を差し控える判断を規定していたのは併存症と発症前機能状態でした4。ではその判断は妥当なのでしょうか。
入院前の機能状態は、1年後の機能低下を予測しない
フランスの2つのICUで、けいれん性重積のため入室した成人499例(年齢中央値59歳)を追跡した研究があります。入院前のGlasgow Outcome Scale(GOS)が3、すなわちすでに機能障害があった56例(11.2%)と、GOS 4〜5の443例を比較しました5。
| 項目 | 入院前GOS 3(機能障害あり) | 入院前GOS 4〜5 | p値 |
|---|---|---|---|
| 治療制限の決定 | 35.7% | 12% | <0.0001 |
| ICU死亡率 | 19.6% | 13.1% | 0.22(有意差なし) |
| 1年死亡率 | 39.3% | 25.6% | <0.01 |
| 1年後にGOSが悪化しなかった割合 | 42.9% | 44.1% | 0.89(有意差なし) |
治療制限の決定は約3倍多かったのに、1年後に機能が悪化しなかった割合はほぼ同じでした。そして多変量解析では、1年後の良好転帰が得られないことと関連した因子は以下の通りです。
| 因子 | オッズ比(95%信頼区間) |
|---|---|
| 既存の、最終的に致死的となる併存症 | 2.92(1.71〜4.98) |
| 脳の器質的障害が重積の原因 | 2.75(1.75〜4.27) |
| 59歳超 | 2.36(1.55〜3.58) |
| 難治性のけいれん性重積 | 2.19(1.43〜3.36) |
| 入室時の臓器不全(LODスコア3以上) | 2.08(1.37〜3.15) |
| 入院前GOS 3(機能障害あり) | 0.61(0.31〜1.22)=有意でない |
原著の結論——「けいれん性重積の成人患者において、入院前の機能状態は入院後1年間の機能低下と独立して関連しない」5
現場で差し控えの根拠として最も使われている因子(入院前の機能状態)が、最も予測力の乏しい因子だった、ということです。一方で実際に効いていたのは病因・併存症・臓器障害でした。
ただし「年齢は予後因子ではない」ではない
誤読を避けるために強調しておきます。同じ研究で59歳超はオッズ比2.36の予後不良因子です5。韓国の全国コホート33,814例でも、成人重積の30日死亡率10.2%・1年死亡率30.3%で、高齢・急性病因の存在・難治性が一貫した予後不良因子でした21。
つまり年齢とADLは「予後を見積もる材料」ではあるが、「治療を制限する基準」ではない——この区別が要点です。2026年のレビューも、個別化した判断を求めたうえで「不当なニヒリズム(unjustified nihilism)を働かせることなく」と釘を刺しています1。
スコアは適応判定装置ではない
予後スコアの位置づけも整理しておきます。STESSは来院時に得られる4変数(発作既往・年齢・発作型・意識障害)から死亡を予測する簡便なスコアで、前向き検証は34例と小規模ながら陰性的中率が高く、原著も「重積後に生存する患者を同定するスコア」と位置づけています15。EMSEは、STESSの重み付けが事前の仮定に基づくという問題意識から、疫学的死亡率データを積み上げて構成されたスコアです(病因+年齢+併存症+脳波の組み合わせで、非低酸素性92例において陰性的中率100%・正しく分類89.1%)。ただし原著自身が探索的・仮説生成的であり外部前向き検証を要すると明記しています16。
この2つを前向き162例で直接比較した研究では、EMSE-64が30日死亡・機能悪化の予測でSTESSより優れていました。ただし——
高齢者に限れば、60歳以上のけいれん性重積85例(院内死亡率16.5%、最多の病因は脳卒中48.2%)の検討で、EMSE-EAL 40以上のAUCが0.901、STESS 3以上のAUCが0.678でした9。持続ビデオ脳波が使えない環境でも適用しやすい点は実務的な利点です。ただしこれは「予後の見積もりを家族と共有する材料」であって、スコアで麻酔導入の可否を決めてはいけません17。
5. 導入前の3ゲートと、導入後の4原則
導入前に確認する3つのゲート
ゲート1:本当に非けいれん性重積か
Salzburg基準の診断精度を独立検証した前向き研究(469例、有病割合11%)では、感度94%・特異度77%・陽性的中率34%・陰性的中率99%でした。基準を満たしても、3例に2例は非けいれん性重積ではないということです。偽陽性の中身は各種脳症・発作後状態・SIRPIDs・連続発作でした。原著は「特異度の低さは、日常臨床への実装前に基準の精緻化を要する」と結論しています14。
→ 鎮静で脳症や発作後状態を覆い隠していないか、まず疑う。
ゲート2:病因は治療しうるものか
非けいれん性重積200例の検討では、病因別死亡率は脳腫瘍63.6%に対し、自己免疫性脳炎14.3%・てんかん17.2%と大きく異なりました。改善率が最も高かったのも自己免疫性脳炎群と脳血管障害群です10。
→ 病因の可逆性が、投じるコストの見合いを決める。
ゲート3:上流を尽くしたか
SENSEレジストリでは、第1選択ベンゾジアゼピンが十分量であることが良好転帰のオッズ比2.5(95%信頼区間1.6〜4.0)でした。さらにガイドラインからの治療逸脱は難治性への進展と強く関連しています2。
→ 最大のレバーは麻酔薬ではなく、最初のベンゾジアゼピンを十分量入れることにある。
導入すると決めた後の4原則
| 原則 | 内容と根拠 |
|---|---|
| ① 遅らせない | 難治性と確定した後の第3選択としての導入遅延は、一貫して転帰不良と関連する。ただし第1・第2選択としての超早期導入の是非は研究間で結論が割れている1 |
| ② 目標は発作停止 | 低酸素性でない難治性重積では、burst suppressionを目標にしても発作停止を目標にした場合を上回る利益は示されていない。到達も維持も難しく、達成にはより高用量を要して有害事象が増える。2003年に約70%だったburst suppression支持は2025年に約35%へ低下1 |
| ③ 期間は最短に | 「発作制御後24〜48時間」は専門家合意であり、強い実証的裏付けを欠く。鎮静延長は感染・低血圧・心抑制・プロポフォール注入症候群・消化管麻痺・抜管遅延・重積後せん妄、さらに離脱時発作や再発と関連する1 |
| ④ 持続脳波で離脱する | 維持期・離脱期を通じた持続脳波監視は必須とされる。持続脳波監視が長いほど麻酔曝露はむしろ短くなる1 |
※ 本記事は導入の可否と原則を扱うものであり、薬剤の具体的な用量・投与速度・希釈方法は扱いません。各施設のプロトコルと添付文書に従ってください。第3選択として持続静注麻酔薬を置く段階的戦略そのものは、国際的な標準です13。
「麻酔期間を最短にする」は廃用対策そのもの

ここで、冒頭の懸念——発作が止まっても廃用で戻れない——に戻ります。集中治療関連筋力低下(ICU-acquired weakness)のリスク因子は、入室時重症度・敗血症・多臓器不全・長期不動化・高血糖であり、加えて高齢者はリスクが高いとされます。左右対称性に四肢近位筋と呼吸筋を侵し、回復は不完全なことがあり、ICU退室後2年まで持続しうるほか、1年死亡リスクにも寄与します20。
意思決定は、重積が起きる前から始まっている
神経集中治療領域の事前指示に関するシステマティックレビュー(25研究・35,717例、重積も対象疾患に含まれる)では、事前指示または代理意思決定者を持っていた患者は中央値39%にとどまりました。事前指示がある場合、生命維持治療の差し控え・中止は中央値58%で行われています。原著は「事前指示を持つ患者数が限られていることは憂慮すべきである」と述べています18。
重積が起きてから家族と初めて話すのでは遅すぎます。高齢てんかん患者の平時の外来こそが、この話をする場所です。
まとめ
- 「難治=麻酔」ではない。難治性重積の71.7%は挿管されずに治療され、52.7%が良好転帰2。判断の余地は大きく、現在それは施設文化で埋められている19。
- 分岐の軸は「発作型 × 意識レベル」。けいれん性の難治例・subtle SE・昏睡を伴う非けいれん性重積では正当化されるが、意識が保たれた非けいれん性重積と焦点運動発作性重積では役割が乏しい1。覚醒例の致死率8.2%対意識障害例33%6。
- 高齢・ADL低下は差し控えの理由にならない。入院前の機能障害は1年後の機能低下と独立して関連しない5。見るべきは病因・意識レベル・臓器障害。ただし年齢自体は予後因子であり、この2つを混同しない。
- 導入すると決めたら、遅らせず・発作停止を目標に・最短期間で・持続脳波で離脱する1。期間の最短化は廃用対策そのもの20。
問いは「止めるか止めないか」ではなく、「どの病型に、どれだけの期間かけるか」です。
ここで引用した研究は観察研究が主体であり、難治性重積における無作為化比較試験はほとんど存在しません。統計的調整を行っても残余交絡は大きな懸念として残ります。また重積の定義・対象集団・プロトコル・アウトカム指標の異質性が大きく、研究間の直接比較には限界があります。データの多くは高所得国の三次医療機関に由来し、一般化可能性も制約されます1。
本記事は臨床判断の代替ではありません。個々の症例の判断は、担当医が施設の体制と患者・家族の価値観を踏まえて行ってください。
よくある質問(FAQ)
難治性てんかん重積では、必ず麻酔薬・挿管に進むべきですか?
いいえ。中欧3か国9施設の前向きレジストリでは、難治性重積に進展した545例のうち71.7%は挿管されずに治療されており、難治例の52.7%が良好転帰でした2。また同じ重症度でも施設によって治療的昏睡の使用率は25.4%対9.75%と2.6倍の差があり、現在の判断はエビデンスより施設文化に強く依存しています19。難治性であることは、自動的に麻酔薬導入を意味しません。
麻酔薬を導入すべき患者と、すべきでない患者はどう分けますか?
発作型と意識レベルで分けます。2026年のスコーピングレビューは、持続静注麻酔薬が最も正当化されるのはけいれん性の難治性重積と、昏睡を伴う非けいれん性重積およびsubtle SEであるとしています。一方、意識が保たれた非けいれん性重積や焦点運動発作性重積(持続性部分てんかんを含む)では、循環不安定と長期人工呼吸のリスクが利益を上回りうるとされ、麻酔薬の役割は乏しいと結論されています。これらの病型では転帰を決めるのは発作の持続そのものより病因と併存症です1。
高齢でADLが低下している患者では、麻酔薬導入を見送るべきですか?
入院前のADLだけを理由に見送る根拠は乏しいと考えられます。けいれん性重積でICUに入室した成人499例の研究では、入院前の機能障害がある群で治療制限の決定は約3倍多かった(35.7%対12%)にもかかわらず、1年後に機能が悪化しなかった割合は42.9%対44.1%とほぼ同じで、多変量解析でも入院前の機能状態は1年後の機能低下と独立して関連しませんでした。実際に予後を規定したのは致死的な併存症・難治性であること・脳の器質的障害・入室時の臓器不全です5。年齢とADLは予後因子ではありますが、治療制限の基準としては使えません。
麻酔薬の目標はburst suppressionにすべきですか?
低酸素性でない難治性重積では、burst suppressionを目標にしても発作停止を目標にした場合を上回る利益は示されていません。burst suppressionは到達も維持も難しく、達成にはより高用量を要して有害事象のリスクが上がります。2003年の調査では約70%の医師がburst suppressionを適切な目標としていましたが、2025年の同じ3か国の調査では約35%まで低下しており、実務でも見直しが進んでいます1。
麻酔薬を導入した後、いつ止めればよいですか?
発作制御後24〜48時間という維持期間は専門家の合意に基づくもので、強い実証的な裏付けはありません。鎮静の延長は感染・低血圧・心抑制・プロポフォール注入症候群・消化管麻痺、抜管遅延、重積後せん妄と関連し、離脱時発作や再発の増加とも関連します。より短い期間を常に検討し、維持期と離脱期は持続脳波監視のもとで行うことが推奨されています1。麻酔期間を最短にすることは、長期不動化による集中治療関連筋力低下を防ぐ対策そのものでもあります20。
本記事は医療従事者向けの教育・知識整理を目的とした情報提供であり、特定の患者の診断・治療方針を保証するものではありません。てんかん重積状態における持続静注麻酔薬の記載は、国際的なスコーピングレビュー・多施設前向きレジストリ・人口ベース研究等の一次文献を統合した実務的整理であり、引用した研究の大半は観察研究です。薬剤の具体的な用量・投与速度・希釈方法は本記事では扱いません——各施設のプロトコルおよび最新の添付文書に従ってください。記載は作成時点(2026年8月)の情報に基づきます。
監修:今村久司(京都大学医学部卒・京都大学医学博士/神経内科専門医・指導医/総合内科専門医・指導医)
参考文献
※ [1]〜[21]はいずれもPubMed収載論文。DOI/PMIDを付記し、著者・タイトル・雑誌・年・巻号・ページのメタデータ照合を実施済み。出典: PubMed。