頸椎症によるしびれ:疫学から治療まで
📚 目次
疫学・病態生理
頸椎症(変形性頸椎症)は50歳以上の中高年で非常に頻度が高く、椎間板や椎間関節の加齢変性によって骨棘形成や靱帯肥厚が生じる疾患です[1][2]。これにより神経根あるいは脊髄が圧迫されると症状が出現し、頸椎症性神経根症(radiculopathy)や頸椎症性脊髄症(myelopathy)として発症します[1]。画像検査上は加齢による変性所見が無症状の高齢者にもきわめて多く認められ、60歳以上では85%以上に頸椎の変性変化、約7.6%に脊髄圧迫所見が報告されています[3]。したがって画像所見=症状の原因とは限らず、画像上の病変高位と臨床症候の対応を慎重に評価する必要があります[3]。
病態生理的には、骨棘や椎間板膨隆による静的圧迫に加え、頸部の屈伸動作で椎間板や靱帯が脊髄を断続的に圧迫する動的要因も関与します[4]。たとえば頸部の後屈で黄色靱帯の肥厚が脊髄を圧迫し、前屈では椎体の骨棘に脊髄が当たることで神経障害が進行する可能性があります[4]。これら静的・動的要因による慢性的な神経組織へのストレスが、頸椎症による神経根障害や脊髄障害の病態基盤となっています。
臨床症状と分類(神経根症と脊髄症)
頸椎症による症状は、圧迫される部位によって大きく神経根症(radiculopathy)と脊髄症(myelopathy)に分類されます[1][2]。頸椎症性神経根症では、片側の神経根圧迫による頸部痛や肩甲部痛、患側の上肢〜手指にかけての放散痛・しびれが主症状です。症状は神経根の支配高位(デルマトーム)に対応し、一側の上下肢のみに限局します[5]。感覚障害や放散痛に加えて、該当筋の筋力低下や腱反射低下(下位運動ニューロン障害徴候)がみられます。
一方、頸椎症性脊髄症では脊髄そのものの圧迫による症状が出現します。典型的には巧緻運動障害を伴う手指のしびれ・麻痺(いわゆる「巧緻性低下」「しぼり現象」)、両手の痺れや巧緻運動障害、痙性歩行(足のもつれ)、深部腱反射亢進や病的反射の出現(上位運動ニューロン障害徴候)などがみられます[6][7]。脊髄症では四肢いずれも障害されうるため症状はより広範で、重症例では膀胱直腸障害(排尿困難など)を伴うこともあります。
また神経根症と脊髄症が同時に存在する頸椎症性脊髄神経根症(myeloradiculopathy)もあり、典型的には頸部〜肩甲帯痛や上肢の放散痛・感覚障害とともに、下肢の痙性麻痺や巧緻運動障害が混在します[8]。
神経根別の症候対応表
神経根症による症状は障害される神経根レベルによって特徴的な分布を示します。以下に主な頸神経根(C5〜C8)の障害高位ごとの症候をまとめます。上位の神経根ほど近位の部位(肩や上腕)の症状が強く、下位になるほど手や指先の症状が中心となります。また腱反射では、C5・C6神経根障害で上腕二頭筋反射や腕橈骨筋反射の低下、C7障害で上腕三頭筋反射の低下が典型的です[9][10](C8は定型的な腱反射がありません)。
| 障害神経根 | 主な感覚障害の分布(デルマトーム) | 筋力低下をきたしやすい筋群 | 腱反射への影響 |
|---|---|---|---|
| C5 | 肩から上腕外側にかけての疼痛・しびれ[11] | 三角筋、上腕二頭筋(肩の外転・肘屈曲の力が低下)[12] | 上腕二頭筋反射低下[13] |
| C6 | 上腕外側〜前腕橈側、母指〜示指にかけてのしびれ[14] | 上腕二頭筋、手首背屈筋群(手関節背屈力の低下)[12] | 上腕二頭筋反射低下、腕橈骨筋反射低下[15] |
| C7 | 前腕背側〜中指にかけての疼痛・しびれ[14] | 上腕三頭筋、手指伸展筋(肘伸展や手指伸展力の低下)[12][16] | 上腕三頭筋反射低下[17] |
| C8 | 前腕尺側〜環指・小指にかけてのしびれ[18] | 手指屈筋(握力低下)、骨間筋(指の巧緻運動障害)[19][12] | なし(該当腱反射なし。握力低下が重要) |
鑑別診断
頸椎症による神経症状が疑われる場合、他の疾患との鑑別が重要です。特に中高年では無症状の頸椎変性が画像上しばしば見つかるため、症状が本当に頸椎症性か、それとも他の疾患によるものかを見極めねばなりません[20]。
末梢神経障害との鑑別
末梢神経障害との鑑別としては、たとえば手根管症候群(正中神経障害)では母指〜環指橈側半分のしびれや夜間痛を来しますが、頸部痛や上腕の放散痛は通常なく、手関節掌側の叩打でティネル徴候が陽性になります[14][12]。肘部管症候群(尺骨神経障害)では環指尺側〜小指のしびれと巧緻障害を呈し、肘部の打診でティネル徴候が誘発されます[16][17]。
これら末梢神経障害では病変高位より中枢側(頸部や肩)には症状が波及しない点で神経根症と異なり、徒手検査ではSpurlingテスト陰性である一方、局所の圧迫・牽引テストが陽性となることで鑑別できます[18][19][12]。また胸郭出口症候群では腕神経叢や鎖骨下動静脈の絞扼により肩から上肢のしびれ・だるさが生じますが、上肢挙上や頭位変換で症状悪化しやすく(肋鎖間隙の狭窄による)、脈拍消失をみるAdsonテスト陽性が鑑別に有用です[20]。
中枢神経疾患との鑑別
一方、脊髄症状が前景となる場合には脳卒中や脊髄炎、腫瘍など中枢神経疾患との鑑別も必要です。特に筋萎縮性側索硬化症(ALS)との鑑別は非常に重要です[21]。
ALSでは上下肢の筋力低下や萎縮が進行性かつびまん性に出現し、病初期から上位運動ニューロン徴候(腱反射亢進やBabinski徴候など)がみられますが、感覚障害は生じません。この点で感覚障害を伴う頸椎症性脊髄症とは異なります。
またALSでは母指球筋(正中神経支配、C8–T1レベル)を含む手筋萎縮が早期から顕著になりやすいのに対し、頸椎症では脊髄レベルC8より下位(T1)の障害は稀なため母指球筋が比較的保たれることが多く、この所見は鑑別に有用です[21][22]。
臨床経過にも差があり、ALSは常に徐々に進行するのに対し、頸椎症性脊髄症では症状が長期間にわたり固定的または一進一退で推移し得る点も参考になります[23][24]。画像上もALSでは脊髄の構造的圧迫がなく、頸髄MRIで高信号域(髄内病変)はあっても圧迫所見を欠く点で、脊髄症性変化との鑑別が可能です。総じて鑑別困難な場合には経過観察下での慎重な再評価が望まれます[25][26]。
画像診断の活用(MRI所見を中心に)
MRIは頸椎症による神経圧迫を評価する上で最も有用な画像検査です[27]。頸椎MRIのT2強調像では脊髄の圧迫所見(脊髄のくびれ)や脊髄内の高信号域(脊髄変性や浮腫を示唆)を描出でき、椎間板ヘルニアや骨棘、靱帯肥厚による脊柱管狭窄の程度を把握できます[28]。
MRI所見上、脊髄内のT2高信号域が認められる症例では神経組織への不可逆的な変性が示唆され、予後不良の因子ともなります。またMRIは軟部組織や脊髄自体の評価に優れるため、頸椎症と鑑別すべき脊髄腫瘍や炎症性病変の有無も確認できます。
単純X線検査も初期評価に有用で、骨棘や椎間板高の減少、不安定性の有無(屈曲・伸展側面像での可動域)などを評価します[29]。特に脊柱管の絶対的狭窄は側面X線で椎管径<10mmが目安です。CTは骨性病変の描出に優れ、後縦靱帯骨化症(OPLL)の合併評価や、既往手術患者の骨癒合状態確認に有用です[29]。MRI非対応のケースではCTミエロも検討されます[30]。
無症状の頸椎症性変化は上述のように珍しくないため、画像上狭窄や圧迫所見があっても直ちに手術適応とせず、臨床症状との整合性を常に検証することが重要です[3]。
臨床での診断と身体所見(Spurling徴候など)
詳細な病歴聴取と神経学的身体診察によって、症状の原因部位や重症度を評価します。画像で狭窄があっても症状がなければ経過観察となる一方、臨床的に明らかな神経脱落所見があれば精密検査や治療介入を検討します。
Spurlingテスト
身体所見では、Spurlingテスト(頸部を後屈・側屈させて圧迫)が神経根症の診断に用いられます。この検査で患側上肢に放散痛やしびれが再現されれば陽性で、特異度が高く神経根圧迫の有力な示唆となります[31][32](感度は中等度であるため陰性でも除外はできません)。頸椎症性神経根症ではこの他、頸部後屈で上肢症状が誘発・増悪することや、肩関節外転位で症状が軽減する肩甲帯挙上試験(肩甲帯支持徴候)が参考になります[33]。
神経学的所見
神経学的所見としては、各神経根支配領域の感覚鈍麻や筋力低下、腱反射の減弱が確認できます。とくにC5〜C7神経根障害ではそれぞれ該当する反射(上腕二頭筋・腕橈骨筋・上腕三頭筋反射)の低下が典型的です。
脊髄症が疑われる場合、Hoffmann反射やBabinski徴候の出現、膀胱機能の評価など上位運動ニューロン徴候の有無を調べます。頸部前屈により電撃痛が脊柱〜四肢に走るLhermitte徴候も陽性であれば脊髄圧迫を示唆します[34]。深部腱反射の亢進や痙性麻痺、病的反射(Babinski徴候など)の出現は脊髄症の重要な所見です[7]。
脊髄症例ではこれらに加え、固有受容感覚の低下やRomberg徴候陽性、巧緻運動障害(指鼻試験不良や快速交互運動不良)、広basedな歩行なども認められます。最後に、鑑別診断の項で述べたような末梢神経障害を示唆する所見(例:Tinel徴候陽性、絞扼部位の圧痛)がないか、あるいは他の中枢神経疾患の所見がないかも併せて確認します。
保存療法と手術適応
頸椎症による神経根症・脊髄症の治療は、症状の程度や進行具合に応じて保存療法か手術を選択します。軽症〜中等度で大きな機能障害がなければまず保存的に経過を見ることが多く、実際、多くの頸椎症患者は生活指導やリハビリテーションなどで良好な経過を辿ります[35]。
保存療法
保存療法には以下が含まれます:
- 頸部カラーによる安静保持
- 消炎鎮痛薬やプレガバリンなど神経障害性疼痛に対する薬物療法
- 理学療法(頸部牽引や温熱療法)
- 神経ブロック(選択的神経根ブロック、硬膜外ブロック)
特に神経根症では頸部安静と薬物治療で数週間以内に軽快する例が多く、疼痛が強い場合に神経根ブロックで症状緩和を図りつつリハビリを行います。脊髄症の場合も軽症で進行がない場合は保存的に経過を見ることがあります[36][35]。
手術適応
一方、手術適応となるのは、以下のような場合です:
• 保存的治療にもかかわらず高度な神経脱落症状(筋力低下や巧緻障害)が進行する場合
• 脊髄症で画像上明らかな強い圧迫所見があり今後の悪化リスクが高い場合
• 中等度以上の頸椎症性脊髄症で、手術的に減圧しないと日常生活動作の自立が損なわれる恐れがある場合
手術法は病変部位と病態により選択され、1〜2椎間の局所的病変であれば前方除圧固定術(頸椎椎間板摘出術+骨融合など)、多椎間にわたる広範な脊髄圧迫や後骨軟部の肥厚がある場合は後方除圧術(椎弓切除術または椎弓形成術)を行うのが一般的です。手術により脊髄や神経根の圧迫は除去され、多くの症例で症状の改善が得られます。
ただし術後も軽度のしびれや筋力低下が残存したり、脊柱のアライメント変化による新たな障害(頸椎後弯の増大や隣接椎間の過負荷など)が長期的課題となる場合もあります。なお緊急手術を要するケース(急激な麻痺進行や脊髄損傷)は頸椎症では極めて稀です[37]。したがって神経内科医と脊椎外科医が協力し、症例ごとに手術のメリット・デメリットを慎重に検討することが肝要です[38]。
予後とフォローアップ
頸椎症による神経症状の経過は症例により様々で、その予後予測は困難です[38]。自然経過では緩徐に進行する例、長期間ほぼ固定のまま推移する例、時に一旦悪化しても改善する例もあります[26]。幸い多くの患者は比較的良好な経過をたどり、深刻な麻痺に至らず日常生活を維持できることが報告されています[38]。
一方で、一旦重度の脊髄症に陥ると完全な改善は難しく、早期治療が功を奏する場合もあります。したがって初期段階で重症化リスクを見極め、適切に対処することが重要です。軽症で保存的に経過を見る場合でも定期フォローアップが推奨され、症状増悪や新たな所見出現時には速やかに再評価します。
• 脊髄症では特に転倒や外傷で急激に悪化する懸念もあるため注意喚起が必要
• 手術症例では術後にリハビリテーションと定期画像評価を行い、神経機能の回復度合いと脊柱アライメントの維持を確認
• 頸椎症は加齢とともに進行しうる変性疾患であるため、長期にわたる経過観察の中で、患者の生活指導や二次的障害の予防(姿勢改善や筋力強化など)を継続して行っていくことが大切

