脳神経 最新治療 2025 2026――この1〜2年で、これまで「治らない」と考えられてきた脳や神経の病気に、大きな流れの変化が起きています。ALS(筋萎縮性側索硬化症)、難治てんかんのドラベ症候群、脊髄性筋萎縮症(SMA)、パーキンソン病、進行型の多発性硬化症、脳腫瘍(グリオーマ)、そして脳梗塞。これらに対して、2025年から2026年にかけて、世界の一流医学誌に「進行を抑えた」「一部の機能が戻った」「治療できる時間が延びた」と報告する論文が相次ぎました。本記事では、こうした神経難病 ブレイクスルーの代表的な論文7本を、医学の知識がない方にもわかるよう、できるだけかみくだいて紹介します。
とくに注目してほしいのが、iPS パーキンソン病治療です。京都大学などのチームが開発したiPS細胞由来の治療が、2026年に世界で初めて承認され、日本の公的医療保険の対象にもなりました。ただし大切なのは、今回紹介する治療の多くがまだ治験の段階・海外だけの承認・日本では適応外であり、「明日から誰でも受けられる」わけではないことです。本記事では、起きている変化を①遺伝子を狙う薬、②失った細胞を補う再生医療(日本発のiPSが主役)、③これまで打つ手がなかった病気への新しい選択肢――という「3つの革命」に整理し、それぞれが「いま日本でどこまで受けられるのか」まで、できるだけ正確にお伝えします。なお本記事は、誇張や断定を避け、「治る」ではなく「進行を抑える/止めにいく/兆しが見えた」という段階を大切にして書いています。
1枚でわかる:脳・神経ブレイクスルー7選(インフォグラフィック)
この記事の要点(7つの新しい治療・3つの革命・日本で受けられるかどうか)を1枚にまとめました。クリックで原寸表示できます。
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いま、脳・神経の病気に何が起きているのか(要点)
- 革命①「遺伝子を狙う」:病気の根っこ(遺伝子の異常)に直接はたらきかける新しいタイプの薬(核酸医薬・遺伝子治療)が、ALS・ドラベ症候群・SMAで成果を出し始めました。
- 革命②「失った細胞を補う」:パーキンソン病で、すでに失われた神経細胞をiPS細胞から作って移植する再生医療が、日本で世界初の承認・保険適用にまで到達しました。
- 革命③「打つ手がなかった病気に新しい選択肢」:進行型の多発性硬化症・脳腫瘍・脳梗塞など、これまで有効な手が乏しかった病気に、新しい飲み薬や治療できる時間の枠の広がりが示されました。
※ ここで紹介する治療の多くは、まだ治験中・海外のみ承認・日本では適応外です。iPSパーキンソン病治療だけは2026年に承認・保険適用となりましたが、それでも施設・人数が限られ、本格的な開始はこれからです。「もう受けられる」と早合点せず、必ず主治医に最新の状況を確認してください。
一覧でわかる:7つの新しい治療と日本での状況
まず全体像です。7つの治療を「どんな病気か」「何が新しいのか」「いま日本でどうなっているか」で並べました。オレンジ色の行が、日本発・世界初のiPSパーキンソン病治療です。
| 病気(治療の名前) | 何が新しいのか | 日本での状況(2026年6月時点) |
| 遺伝性ALS (jacifusen/核酸医薬)[1] |
FUS遺伝子の異常を狙う注射薬。神経が壊れる目印(NfL)が大きく下がり、1人は呼吸器なしで呼吸・歩行を取り戻した例も。 | 未承認(治験・少数例の研究段階) |
| ドラベ症候群 (zorevunersen/核酸医薬)[2] |
SCN1A遺伝子の働きを増やす注射薬。難治のけいれん発作が大きく・持続的に減り、生活の質も改善。 | 未承認(国際的な第3相試験が進行中) |
| SMA(脊髄性筋萎縮症) (髄注タイプの遺伝子治療)[3] |
背中から注入する1回投与の遺伝子治療。運動の指標が偽治療より有意に改善し、年長の子にも広がる可能性。 | 点滴タイプは承認済/髄注タイプは未承認 |
| パーキンソン病 (iPS細胞移植/アムシェプリ)[4] |
失われたドパミン神経をiPS細胞から作って脳に移植。重い副作用・腫瘍化はなく、運動症状やドパミン産生の改善傾向。 | 2026年に承認・保険適用(iPS由来製品として世界初)。ただし施設・人数限定で開始はこれから |
| 進行型 多発性硬化症 (tolebrutinib/飲み薬)[5] |
進行型MSで初めて障害の進みを抑えたBTK阻害薬。「進行を止められなかった」病気に初の選択肢。 | 未承認(治験段階) |
| IDH変異の脳腫瘍(グリオーマ) (vorasidenib/飲み薬)[6] |
脳に届く飲み薬で腫瘍の増大やてんかん発作を抑える。手術後の経過観察に新たな手。 | 未承認(米国では承認済) |
| 後方循環の脳梗塞 (点滴治療を4.5〜24時間に)[7] |
脳の後ろ側の血管がつまった梗塞で、4.5〜24時間でも点滴が役立つ可能性を示した試験。 | 点滴薬は承認済だが、この時間枠は適応外・ガイドライン未収載 |
※ 数字や試験の詳細は、暗記する必要はありません。「日本で受けられるか/まだ治験か」という色分けだけ押さえれば十分です。
革命①:遺伝子を狙う「核酸医薬・遺伝子治療」
これまでの多くの薬は、出てきた症状をやわらげるものでした。これに対して核酸医薬や遺伝子治療は、病気の根っこである「遺伝子のはたらき」に直接はたらきかけるのが特徴です。足りないタンパク質を増やしたり、悪さをする遺伝子をおさえたりして、原因そのものをただしにいきます。
▶ ① 遺伝性ALS:1人が「呼吸器なしで歩く」まで回復した例も(jacifusen)
ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、体を動かす神経が少しずつ壊れていく重い病気です。その一部に、FUSという遺伝子の異常が原因のタイプ(FUS-ALS)があります。jacifusen(ジャシフセン)は、このFUSの異常な働きをおさえる核酸医薬(アンチセンス核酸)で、背中から脊髄のまわりに注射します。[1]
少人数の患者さんに使った研究では、神経が壊れていく目印(NfL)が大きく下がり、なかには人工呼吸器なしで呼吸や歩行を取り戻した方や、発症前から使い始めて症状が出ないまま経過している方もいました。亡くなった後の検査でも、原因となる病変が減っていたことが確認されています。
これはごく少人数を対象にした、比較対照のないオープンな研究です。全員が回復したわけではなく、効果を確かめる大きな試験はこれからです。それでも「ALSで失った機能が戻りうる」と示された意義は大きく、世界の注目を集めています。
▶ ② ドラベ症候群:てんかん発作を「根っこ」からおさえる(zorevunersen)
ドラベ症候群は、乳児期から始まる難治のてんかんで、発達にも影響します。多くはSCN1Aという遺伝子の片方が十分に働かないことが原因です。zorevunersen(ゾレブネルセン)は、残っている健康な側のSCN1Aの働きを増やすという新しい仕組みの核酸医薬です。[2]
研究では、けいれん発作が大きく・長く続いて減り、生活の質や日常の行動の面でも改善が報告されました。発作の根っこにある遺伝子の不足を補いにいく、という発想の薬です。日本を含む国際的な第3相試験(EMPEROR)が進行中で、まだ承認はされていません。
▶ ③ SMA:背中から1回の注射で(髄注タイプの遺伝子治療)
SMA(脊髄性筋萎縮症)は、運動神経が弱っていく病気です。すでに点滴で1回投与する遺伝子治療(ゾルゲンスマ)が日本でも承認されていますが、今回の研究[3]では、同じ遺伝子治療を背中から(髄腔内に)注射するタイプが検討されました。
偽の治療を受けたグループと比べ、運動機能の指標が有意に改善しました。背中からの注射にすることで、点滴では難しかった体の大きくなった年長の子どもにも、1回投与の遺伝子治療を広げられる可能性があります。この髄注タイプは、日本ではまだ承認されていません。
革命②:失った細胞を補う「再生医療」=日本発iPS【今回の主役】
革命①が「遺伝子のはたらきを直す」なら、革命②は「すでに失われた細胞を、新しく作って補う」という発想です。そして、その世界の最前線に立っているのが、日本発のiPS細胞によるパーキンソン病治療です。
▶ ④ パーキンソン病:iPS細胞でドパミン神経を補う(京都大学・高橋淳)
パーキンソン病は、脳の中でドパミンという物質を作る神経細胞が減っていき、手足の震えや動きにくさが進む病気です。長く飲み薬で症状をやわらげてきましたが、減ってしまった神経そのものを増やすことはできませんでした。
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の高橋淳教授らのチームは、iPS細胞からドパミンを作る神経のもと(前駆細胞)を育て、脳の被殻という場所に移植する治療を、第I/II相試験として行いました。その成果は2025年に学術誌Natureに発表されています。[4]
- 主な目的だった安全性について、移植細胞が原因となる重い副作用や、細胞の過剰な増殖・腫瘍(できもの)はみられませんでした。
- 効果の面でも、動きの症状(運動機能)の改善傾向や、移植した場所でドパミンが作られていることをうかがわせる変化が確認されました。
- ただしこれは少人数で安全性をまず確かめる最初の段階であり、「全員が大きく良くなった」わけではありません。
この研究は、研究室の中だけで終わりませんでした。製品として「アムシェプリ」(一般名:ラグネプロセル)という名前がつき、住友ファーマから実用化が進みました。
- 2026年3月:条件・期限付きの承認を取得。iPS細胞由来の再生医療等製品としては、世界で初めての承認です(希少な病気向けの位置づけ)。
- 2026年5月:公的医療保険の対象に。価格(薬価)は約5,530万円とされています。
- 実際に治療を受けられるのは、当面ごく限られた施設(数施設)で、対象も数十人規模と見込まれています。最初の移植は2026年末ごろに始まる見通しです。
「承認・保険適用された」と聞くと、すぐに誰でも受けられるように感じるかもしれません。しかし実際は、少人数で改善傾向を確かめた段階での「条件・期限付き」承認であり、受けられる施設も人数も限られ、本格的な開始はこれからです。「完治する」「すぐ自分も受けられる」という段階ではない点に、くれぐれもご注意ください。
それでも、iPS細胞という日本生まれの技術が、パーキンソン病の治療として世界で初めて承認・保険適用にまで届いたこと自体が、再生医療の歴史にとって大きな一歩です。なお、このアムシェプリ®の保険適用とKyoto Trial(Nature 2025原著)の詳細は、「【国内初】iPS細胞由来パーキンソン病治療薬アムシェプリ®保険適用へ」でくわしく解説しています。
革命③:これまで「打つ手がなかった」病気への新しい選択肢
3つめの革命は、有効な手立てが乏しかった病気に、新しい選択肢が見えてきたという話です。
▶ ⑤ 進行型の多発性硬化症:止められなかった「進行」に初の薬(tolebrutinib)
多発性硬化症(MS)は、神経をおおう部分が炎症でくり返し傷つく病気です。再発をくり返すタイプには薬がありますが、再発がなくても少しずつ進んでいく「進行型」には、進行そのものを抑える有効な薬がありませんでした。
tolebrutinib(トレブルチニブ)はBTK阻害薬という飲み薬で、再発のない二次進行型MSを対象にした試験で、障害が進む人の割合を減らすことが示されました。進行型MSで有効性を示した薬として注目されています。[5]日本ではまだ承認されておらず、治験段階です。
▶ ⑥ IDH変異の脳腫瘍:手術後を「飲み薬」で抑える(vorasidenib)
グリオーマという脳腫瘍のなかには、IDHという遺伝子に変異があるタイプがあります。比較的ゆっくり進むものの、手術後にどう抑えるかが課題でした。vorasidenib(ボラシデニブ)は脳に届く飲み薬で、腫瘍の増大やてんかん発作をおさえることが示されています。[6]
放射線や抗がん剤に頼らず、飲み薬で経過を見られる可能性が広がりました。米国では承認されていますが、日本では未承認です。
▶ ⑦ 脳梗塞:治療できる「時間の枠」が広がるかもしれない(後方循環)
脳梗塞では、血のかたまりを溶かす点滴薬(アルテプラーゼ)を、原則発症から4.5時間以内に使います。今回の試験[7]では、脳の後ろ側の血管(後方循環)がつまったタイプで、4.5〜24時間でも点滴が役立つ可能性が示されました。
これは軽症の方が中心の試験で、出血のリスクもあります。日本ではこの時間の使い方は適応外で、ガイドラインにも載っていません。そして何より、脳梗塞は「とにかく早く病院へ」が大原則であることは、まったく変わりません。「24時間あるから大丈夫」と思わないでください。
いつ自分が受けられるのか(日本での状況)
「結局、いま日本で受けられるのはどれ?」という疑問に、できるだけ正確にお答えします。
- iPSパーキンソン病治療(アムシェプリ)だけが、2026年に承認・保険適用になりました。ただし受けられる施設も人数も限られ、本格的な開始はこれからです。希望する場合も、まずは主治医や専門の医療機関への相談が出発点になります。
- SMAの点滴タイプの遺伝子治療は、すでに日本で承認されています(今回紹介した髄注タイプは未承認)。
- 遺伝性ALS(jacifusen)・ドラベ症候群(zorevunersen)・進行型MS(tolebrutinib)は、治験の段階です。条件が合えば治験への参加という形がありえますが、一般診療では受けられません。
- IDH変異の脳腫瘍の飲み薬(vorasidenib)は、海外(米国)では承認されていますが、日本では未承認です。
- 脳梗塞の4.5〜24時間の点滴は、日本では適応外です。
ここで紹介した治療を自己判断で取り寄せたり、海外で受けたりしないでください。安全性・適応・費用・副作用は、病気の状態によって大きく変わります。気になる治療があれば、必ず主治医や専門医に最新の状況を相談することが、いちばん確実で安全な道です。
まとめ:「治らない」が「治しにいく」へ
- 革命①(遺伝子を狙う):ALS・ドラベ症候群・SMAで、病気の根っこにはたらく核酸医薬・遺伝子治療が成果を出し始めました。
- 革命②(細胞を補う):パーキンソン病で、日本発のiPS細胞治療が世界で初めて承認・保険適用に。ただし施設・人数限定で、開始はこれからです。
- 革命③(打つ手がなかった病気に):進行型MS・脳腫瘍・脳梗塞で、新しい飲み薬や治療時間の広がりが示されました。
- 多くはまだ治験・海外承認・適応外です。それでも、「治らない」が「治しにいく」へ変わり始めています。
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よくある質問(FAQ)
Q1. iPSのパーキンソン病治療は、今すぐ受けられますか?
A. すぐに誰でも受けられる段階ではありません。2026年に承認・保険適用にはなりましたが、これは少人数で改善傾向を確かめた段階での「条件・期限付き」承認です。当面は限られた施設(数施設)・数十人規模で、最初の移植は2026年末ごろの見込みです。希望する場合も、まず主治医や専門の医療機関にご相談ください。
Q2. iPSのパーキンソン病治療に、保険は使えるのですか?
A. はい。2026年5月に公的医療保険の対象になりました(価格は約5,530万円とされます)。ただし保険適用=すぐ誰でも受けられる、ではありません。対象となる人や受けられる施設は限られており、適応の判断は医療機関が行います。
Q3. ALSやパーキンソン病は、もう「治る病気」になったのですか?
A. いいえ。今回の成果は、多くが「進行を抑える」「止めにいく」「改善のきざしが見えた」という段階で、完全に治すものではありません。遺伝性ALSで1人が機能を取り戻した例は希望ですが、少人数の研究で全員が回復したわけではありません。「治らない」が「治しにいく」へ変わり始めた、という受け止めが正確です。
Q4. 核酸医薬や遺伝子治療は、ふつうの薬と何が違うのですか?
A. これまでの多くの薬が「出てきた症状をやわらげる」のに対し、核酸医薬や遺伝子治療は「病気の根っこである遺伝子のはたらき」に直接はたらきかけます。足りないタンパク質を増やす、悪さをする遺伝子をおさえる、といったやり方で、原因そのものをただしにいきます。
Q5. 脳梗塞は、発症から24時間たっても治療できるようになったのですか?
A. 一部の脳梗塞(脳の後ろ側の血管=後方循環)で、4.5〜24時間でも点滴が役立つ可能性が海外の試験で示されました。ただし日本ではこの使い方は適応外で、軽症中心の試験という限界もあります。脳梗塞は「とにかく早く病院へ」が大原則であることは変わりません。
Q6. これらの治療を、海外まで行って受けてもよいですか?
A. 自己判断での渡航治療や個人輸入はおすすめしません。多くは治験段階や適応外で、安全性・効果・費用・副作用は病気の状態によって大きく変わります。まずは日本の主治医や専門医に、最新の承認状況や治験の情報を相談することが、いちばん安全で確実です。
参考文献
本記事は、公開されている医学論文(PubMed収載・査読済み)に基づき、一般の方向けに要約したものです。個別の診断・治療は主治医にご相談ください。本記事で紹介した治療の多くは、2026年6月時点で日本では未承認・適応外・治験段階です(iPSパーキンソン病治療のみ2026年に承認・保険適用となりましたが、施設・人数が限られ本格的な開始はこれからです)。最新の承認状況やガイドラインは各学会・規制当局の発表をご確認ください。根拠の乏しい「最新治療」をうたう情報には十分ご注意ください。
監修:今村久司(京都大学医学部卒・京都大学医学博士/神経内科専門医・指導医/総合内科専門医・指導医/てんかん学会専門医・指導医)
※本記事は教育目的の解説であり、個々の患者の診断・治療を代替するものではありません。記載は作成時点(2026年6月)の情報に基づきます。
