LDLコレステロールは、2024年に認知症の危険因子として新しく加わりました。ただし一次資料に当たると、話はもう少し込み入っています。効いているのは中年期のLDLで、晩年期に測った総コレステロールの高値は認知症と関連していません。高齢になって値が下がってくるのは、認知症の「原因」ではなく「先ぶれ」かもしれないというデータもあります。そして「スタチンで認知症になる」という説も、「スタチンで認知症を防げる」という説も、無作為化試験ではどちらも支持されていません。数値を丸めずに整理します。
監修:今村久司(脳神経内科専門医・総合内科専門医)
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「いま何をすればよいか」だけを1枚にまとめたものです。LDLコレステロールの目標値は人によって違うため記載していません。
目次
- この記事でわかること/わからないこと
- 【前提】高LDLは2024年に新しく加わった因子 ― PAFという物差し
- ① 効くのは「いつのLDL」か ― 答えは中年期
- ② 「高齢者は低いほうが認知症」の正体 ― 逆因果という読み方
- ③ 脳のどこに効いているのか ― アミロイド側の所見
- ④ 「コレステロールの薬で認知症になる」は本当か
- ⑤ 逆に「スタチンで認知症を防げる」とも言えない
- ⑥ 認知症になったら、薬はやめるべきか
- ⑦ 下げすぎは大丈夫か
- ⑧ 日本ではどうなっているか ― 分かっていないことも含めて
- ⑨ これから分かること ― PREVENTABLE試験
- ⑩ 結局、いま何をすればよいか
- ⑪ この記事で扱わないこと
- まとめ
- よくある質問(FAQ)
- 参考文献
- 1. 効いているのは中年期のLDL。晩年期に測った高い総コレステロールは、MCI・アルツハイマー病・血管性認知症・全認知症・認知機能低下のいずれとも関連しませんでした4。ただし関連の大きさは原著の言葉で modestly(控えめに)です3。
- 2. 高齢でコレステロールが下がってきたことは、認知症の「原因」ではなく「先ぶれ」かもしれません。認知症を発症した人では、診断の少なくとも15年前からコレステロールが下がり始めていました6。
- 3. 「スタチンで認知症になる」も「スタチンで認知症を防げる」も、一次資料では支持されていません。無作為化試験のメタ解析7・Cochrane レビュー11・大規模コホート8・遺伝子を使った解析16のいずれもです。
この記事でわかること/わからないこと
「コレステロール 認知症」で検索すると、ほとんどの記事が「LDLが高いと認知症になりやすい」という一本槍の結論に着地します。逆に「スタチン 認知症」で検索すると、今度は「薬で認知症になる」という説と、それを否定する記事が並びます。どちらも一次資料に戻ると、書かれていることはもう少し限定的です。
本記事は、健診でLDLコレステロールを指摘された方、コレステロールの薬を飲んでいて物忘れが気になっている方とご家族、そして外来でその質問を受ける医師の三者に向けて書いています。専門用語は初出で開きますが、数値は丸めずに原著論文の表記のまま載せます。
この記事でわかること
- 認知症に効いているのが「いつのコレステロール」なのか(中年期と晩年期は別の話です)
- 高齢でコレステロールが下がってくることを、どう読めばよいのか
- 「コレステロールの薬で認知症になる」という説がどこから来たのか、いまの一次資料はどうなっているか
- 逆に「薬で認知症を予防できる」と言えるのかどうか
- 日本ではどこまで分かっていて、何が分かっていないのか
この記事でわからないこと(書かないこと)
- あなた個人が認知症になる確率、あるいは「LDLを下げれば何%減るか」
- 具体的なLDLコレステロールの管理目標値(人によって違うため、目標値を扱った既存記事に譲ります)
- どのスタチンが認知症に良い/悪いか(薬剤クラス間・製品間の比較は扱いません)
- 薬を減らす・やめることの是非(これは主治医が個別に判断する領域です)
【前提】高LDLは2024年に新しく加わった因子 ― PAFという物差し

認知症の予防可能な危険因子については、Lancet誌の常設委員会が2024年に報告を更新しています1。2020年版では12因子・合計40%でしたが2、2024年版で2因子が新しく追加され、14因子・合計45%(早年期5% + 中年期30% + 晩年期10%)となり、5ポイント増えました1。
このとき新しく加わった2因子のひとつが高LDLコレステロールです(もう1つは視力低下・PAF 2%)1。高LDLコレステロールの PAF は 7%で、区分は中年期(おおむね18〜65歳)。中年期区分の内訳では難聴の7%と並んで最大タイです(うつ病3%・頭部外傷3%・運動不足2%・糖尿病2%・喫煙2%・高血圧2%・肥満1%・過剰飲酒1%)1。
委員会が示している介入の方向は、「中年期のLDL管理(食事・運動・必要時に薬物)」です1。そして委員会全体のメッセージは "never too early, never too late" ― リスク低減はどの年代から始めても意味がある、というものです1。
14因子の全体像(難聴・高血圧・喫煙・肥満・糖尿病・社会的孤立など)は、認知症の45%は予防できる? 介入可能な14の危険因子をやさしく解説【Lancet 2024】にまとめています。本記事はその中のLDLコレステロールだけを深掘りする回です。
① 効くのは「いつのLDL」か ― 答えは中年期
ここが、競合記事でいちばん混ざっている論点です。「コレステロールが高いと認知症になる」と一括りにすると、結果が逆に見える研究が並んでしまいます。中年期に測った値と、高齢になってから測った値は、認知症との関係が同じではありません。
英国185万人 ― 65歳未満で測った値のほうが、関連が強かった
英国のプライマリケア・データベース(CPRD)を使い、40歳以上で1992年1月1日から2009年12月31日の間に初めて総コレステロールを記録した1,853,954人を追跡した研究があります3。このうち認知症と診断されたのは49,416人(2.7%)。LDLコレステロールが解析できたのは953,635人(51.4%)で、そのうち認知症の診断は21,602人(2.3%)でした3。年齢・性・喫煙・飲酒・BMI・併存症・処方などを調整したうえで、初回測定時の年齢(65歳未満/65歳以上)と、測定から診断までの期間(10年以内/10年超)で層別しているのが、この研究の要点です。
| LDLを測ったときの年齢 | 測定から10年以内の診断 | 測定から10年より後の診断 |
|---|---|---|
| 65歳未満(n=636,262) | RR 1.10(95%CI 1.04-1.15) | RR 1.17(95%CI 1.08-1.27) |
| 65歳以上(n=317,373) | RR 1.03(95%CI 1.01-1.05) | RR 1.07(95%CI 1.03-1.13) |
数値は、LDLコレステロールが1標準偏差(1.01 mmol/L=39 mg/dL)高いことに対応する調整率比です。全体では RR 1.05(95%CI 1.03-1.06)でした3。総コレステロールでみた関連はこれよりさらに弱く、HDLコレステロールと中性脂肪では一貫した関連がありませんでした3。
この論文の結論文は、「中年期(65歳未満)に測ったLDLコレステロールは、10年より後の認知症リスクと控えめに(modestly)関連する。LDLコレステロールは認知症の修正可能な危険因子のリストに加えるべきである」というものです3。「加えるべきだ」という主張が査読論文の結論として実在することと、その効果量が原著の言葉で「控えめ」であることは、セットで読む必要があります。
中年期と晩年期で、結果がひっくり返る
時期による違いを正面から扱ったのが、17件・23,338人を統合したメタ解析です4(2016年10月までの文献検索で基準を満たしたのは34件、うちメタ解析に組み入れたのは1996〜2014年に公表された17件)。
- 中年期の総コレステロール高値は、晩年期のアルツハイマー病と関連していました ― 相対リスク 2.14(95%CI 1.33-3.44、p < 0.01)。追跡は平均18〜30年です4
- 晩年期に測った総コレステロール高値は、MCI(軽度認知障害)・アルツハイマー病・血管性認知症・全認知症・認知機能低下のいずれとも関連しませんでした4
- 晩年期に測ったHDLコレステロールと中性脂肪も、血管性認知症のリスク上昇とは関連しませんでした4
40〜45歳で測った値が、30年後に効いてくる
もっと若い時期に絞った研究もあります。米国 Kaiser Permanente Northern California で1964〜1973年に40〜45歳で健康評価を受け、1994年時点でも会員だった9,844人を、1994年1月1日から2007年6月1日までのカルテで判定した研究です5。アルツハイマー病469人、血管性認知症127人が同定されました。
| 40〜45歳のときの総コレステロール | アルツハイマー病のハザード比(95%CI) | 血管性認知症のハザード比(95%CI) |
|---|---|---|
| 200 mg/dL 未満 | 基準 | 基準 |
| 境界域 200-239 mg/dL | HR 1.23(0.97-1.55)=有意でない | HR 1.50(1.01-2.23) |
| 高値 240 mg/dL 以上 | HR 1.57(1.23-2.01) | HR 1.26(0.82-1.96)=有意でない |
四分位に分けた解析でも、220 mg/dL を超える範囲がアルツハイマー病の有意な危険因子でした(第3四分位 221-248 mg/dL で HR 1.31[1.01-1.71]、第4四分位 249-500 mg/dL で HR 1.58[1.22-2.06])5。抄録の結論は、中等度の上昇でも認知症リスクは上がる、認知症の危険因子は基礎疾患や症状が現れる前の中年期から対処する必要があるというものです5。
ただし血管性認知症では、境界域だけが有意で、より高い群は有意になっていません。「高ければ高いほど血管性認知症も増える」という、きれいに揃った形にはなっていない点は書き添えておきます5。
② 「高齢者は低いほうが認知症」の正体 ― 逆因果という読み方

「高齢者はコレステロールが低いほうが認知症が多い」「だから薬で下げるのは良くない」という話を、外来でもよく聞きます。前章のとおり、晩年期に測った高い総コレステロールが認知症と関連しないのは事実です4。では、低い側に見える関連は何なのでしょうか。
これに正面から答えているのが、日系米国人男性1,027人を対象にした Honolulu-Asia Aging Study です6。1965年から1993年までの5時点で総コレステロールを測定し、1991年から1996年に2回、認知症のスクリーニングを行いました。26年間のコレステロールの変化の傾きを、追跡終了時に認知症を発症した56人と、発症しなかった971人で比べています。
ただし、ここも言いすぎないことが大切です。この論文の結論は「血清総コレステロールの低下は、認知症の発症の早期段階と関連している可能性がある」という表現であり、「低コレステロールは認知症の結果である」と断定してはいません6。また対象は日系米国人の男性のみですので、「日本人でも同じことが起きる」と言い換えることもできません6。
そして、この話は「だからコレステロールは高いままでよい」という意味には、まったくなりません。動脈硬化のリスクは認知症とは別に存在します。実務的に言えるのは次の2つです。
- 高齢になってコレステロールが下がってきたことを、「良くなった」と単純に受け取らない。体重の変化や食事量の変化と一緒に、主治医に伝えてください
- 下がってきたことを理由に、自己判断で薬を減らしたり中止したりしない。その判断は主治医が個別に行う領域です
③ 脳のどこに効いているのか ― アミロイド側の所見
ここからは「なぜ関連するのか」という話です。日本人のデータが、病理のレベルで答えを出しています。
福岡県久山町では、1998年から2003年に剖検された住民147例(男性76・女性71)について、1988年に受けていた臨床検査の脂質値と、脳の病理所見を突き合わせています17。老人斑は CERAD 基準、神経原線維変化は Braak stage で評価されました。
- 総コレステロール・LDLコレステロール・TC/HDL比・LDL/HDL比・non-HDLコレステロールの調整平均値は、老人斑がある人で有意に高いという結果でした。これは老人斑がまばら〜中等度の段階(CERAD = 1 または 2)でも同じで、APOE ε4 保有を含む多変量モデルでも成立しています17
- これらの脂質指標の最高四分位にいた人は、それより下の四分位の人と比べて老人斑のリスクが有意に高く、閾値効果が示唆されました17
- 一方、どの脂質指標も神経原線維変化とは関係がありませんでした17
同じ方向の所見が、生きている人の画像でも報告されています。韓国でアミロイドPETを受けた45歳以上の非認知症者1,175人(認知正常456人・MCI 719人)の解析では、LDLコレステロールが高いほどアミロイドの集積が大きく(β = 0.014 to 0.115、p = 0.013)、これはAPOE ε4遺伝子型とも脂質低下薬とも独立していました19。逆にHDLコレステロールが低いほど白質高信号の体積が大きい(β = −0.133 to −0.006、p = 0.032)という、担当部位の違う結果になっています19。
本シリーズの第1弾で扱った高血圧では、久山町研究において血管性認知症で強い関連が見られ、アルツハイマー病では同様の関連が見られませんでした。詳しくは高血圧と認知症|効くのは中年期の血圧・厳格降圧で減ったのは「認知症」ではなく「MCI」だったをご覧ください。血圧と脂質で見えている場所が違うのは興味深い対比ですが、「高血圧は血管性、LDLはアルツハイマー」と割り切れるほど単純ではありません。実際の脳には両方の病変が混ざっていることが多く、この2つはあくまで「見えている所見の重心が違う」という程度に読むのが正確です。
④ 「コレステロールの薬で認知症になる」は本当か
本記事でいちばん書きたかったのが、この章です。まず、この説がどこから来たのかを確認します。
出どころは2012年のFDA警告 ― 根拠は「自発報告」だった
無作為化試験のメタ解析の冒頭に、経緯がそのまま書かれています。2012年に米国FDAは、有害事象報告システム(AERS)と医学文献のレビューに基づいて、スタチンの認知機能への潜在的な有害作用に関する警告を発出しました7。
ここで押さえておきたいのは、その根拠が「自発報告」だったことです。自発報告は「薬を飲んでいる人に、こういうことが起きたと報告があった」という記録であり、飲んでいない人と比べたものではありません。報道や話題によって報告数そのものが増減することも知られています。だからこそ、その後に対照を置いた検証が行われました。
いまのFDA承認添付文書では、どこに書いてあるか
現行の米国の添付文書も確認しました(アトルバスタチンカルシウム錠・Accord Healthcare Inc.・ラベル改訂 12/2024、DailyMed で実測)B。
- セクション5(WARNINGS AND PRECAUTIONS)の小見出しは、5.1 ミオパチーと横紋筋融解症/5.2 免疫介在性壊死性ミオパチー/5.3 肝機能障害/5.4 HbA1cと空腹時血糖の上昇/5.5 出血性脳卒中リスクの増加 などで、認知・記憶に関する小見出しはありませんB
- "cognitive impairment"(認知機能障害)が出てくるのは、セクション6.2 Postmarketing Experience(市販後の経験)ですB
- そこには「すべてのスタチンの使用に伴う認知機能障害(記憶喪失・物忘れ・健忘・記憶障害・錯乱など)のまれな報告がある」と記載され、続けて「一般に重篤ではなく、スタチン中止により回復する。発症までの時間は1日から数年とばらつき、症状消失までは中央値3週間」と書かれていますB
「添付文書に何も書いていない」わけではありません。書いてある場所が、警告の欄ではなく市販後の報告の欄である、というのが実際です。なお確認したのは1製品の米国ラベル1本ですので、「すべてのスタチンの添付文書が」と一般化はできません。
無作為化試験をまとめると、どうなるか
プラセボと比べた試験のまとめは、次のとおりです。
| 研究 | 規模 | 認知に関する結果 |
|---|---|---|
| RCT 25件のメタ解析7 | プラセボ対照RCT 25件・46,836人(うち23件・29,012人が認知機能検査を報告) | 認知機能正常者:標準化平均差 0.01(95%CI −0.01 to 0.03、p=0.42) アルツハイマー病患者:標準化平均差 −0.05(95%CI −0.19 to 0.10、p=0.38)(14試験・27,643人) |
| PROSPER9 | 70〜82歳 5,804人(プラバスタチン2,891/プラセボ2,913)、平均追跡3.2年 | 認知機能にも身体機能障害にも有意な影響なし(LDLは34%低下し、主要評価項目は HR 0.85[0.74-0.97]、p=0.014 で減少) |
| Cochrane レビュー11 | 2試験・26,340人(40〜82歳、うち70歳以上11,610人)、追跡3.2年と5年 | 5種類の認知機能検査のいずれでもスタチン群とプラセボ群に差なし(エビデンスの質は高)。認知症の発症を報告した1試験(20,536人)では両群とも31例・オッズ比 1.00(95%CI 0.61-1.65) |
メタ解析の結論文は、「無作為化試験ではスタチン治療と認知機能障害の関連はなかった。この結果は、スタチンの認知機能への有害作用に関するFDA警告を維持する妥当性に疑問を投げかける」というものです7。有害事象による中止率にも群間差はありませんでした(26,340人・2試験、OR 0.94、95%CI 0.83-1.05)11。
65歳以上の18,846人を追った観察解析 ― 境界域の数値も隠さずに
高齢者に絞ったデータもあります。アスピリンの無作為化試験(ASPREE)の参加者で、登録時に心血管イベントの既往・重度身体障害・認知症がない65歳以上18,846人を4.7年追跡し、ベースラインでのスタチン使用の有無を比べた解析です8。
| アウトカム | スタチン使用 vs 非使用のハザード比(95%CI) |
|---|---|
| 全原因認知症 | HR 1.16(0.97 to 1.40)、p = 0.11 |
| probable AD(アルツハイマー病の可能性が高いもの) | HR 1.33(1.00 to 1.77)、p = 0.05 |
| 混合型の認知症 | HR 1.06(0.82 to 1.35)、p = 0.67 |
遺伝子から見ると ― 生涯ずっとLDLが低い人はどうか
薬の研究には、どうしても「薬を飲んでいる人は、そもそも別の病気を持っている」という交絡がつきまといます。これを避ける方法のひとつが、生まれつきLDLコレステロールが低くなる遺伝子の型を持つ人を比べる、メンデルランダム化という手法です。デンマークの一般人口111,194人を対象にした研究があります16。
スタチンの標的(HMGCR)とPCSK9のバリアントを合わせると、LDLコレステロールは9.3%低くなっていました。生涯にわたりLDLコレステロールが 1 mmol/L 低いことに対応するリスク比は、次のとおりです16。
- アルツハイマー病 0.57(95%CI 0.27-1.17)
- 血管性認知症 0.81(95%CI 0.34-1.89)
- 全認知症 0.66(95%CI 0.34-1.26)
- パーキンソン病 1.02(95%CI 0.26-4.00)
いずれも95%信頼区間が1をまたいでおり、有意ではありません16。抄録の結論は、「PCSK9・HMGCRバリアントによる低LDLコレステロールは、アルツハイマー病・血管性認知症・全認知症・パーキンソン病のリスクを高める因果効果を持たなかった。ただし、低LDLコレステロールはアルツハイマー病のリスクを下げる因果効果を持つ可能性がある」というものです16。「増やす方向の効果は見えなかった」までが、この研究から言えることです(減らす方向についてはこの後の章で扱います)。
⑤ 逆に「スタチンで認知症を防げる」とも言えない
ここまで読むと、「では飲んでいれば認知症も防げるのでは」と思われるかもしれません。そちらも、一次資料は支持していません。そして興味深いことに、その乖離は1本の論文の中に併記されています。
血管危険因子の治療と認知症を扱った系統的レビュー(2018年1月1日までの文献・RCT 8件と前向き研究52件)の結果です12。
| 研究デザイン | スタチンによる脂質異常症治療と認知症 |
|---|---|
| 前向き観察研究 | 認知症リスク低下と関連(17件、RR 0.77、95%CI 0.63-0.95)/アルツハイマー病リスク低下とも関連(13件、RR 0.86、95%CI 0.80-0.92) |
| 無作為化比較試験 | 認知症発症を扱ったRCTは1件のみで、関連は示されなかった |
なお、非スタチン系の脂質低下薬では観察研究でも関連が見られていません12。
そして Cochrane レビューの著者結論は、さらにはっきりしています。「血管疾患のリスクがある人に晩年期に投与されたスタチンが、認知機能低下や認知症を予防しないことについては、良質なエビデンスがある」11。原著は続けて、観察研究では有望に見えたもののindication bias(適応による偏り=そもそも薬を出される人と出されない人が違うこと)が働いていた可能性があり、その後の無作為化試験のエビデンスは陰性だった、と述べています11。限界として、認知機能評価の手法と、参加者が中〜高血管リスクの人に限られることを挙げています11。
⑥ 認知症になったら、薬はやめるべきか
外来で実際によく聞かれる質問です。認知症の人でスタチンを中止した場合と継続した場合を比べた無作為化試験を探した Cochrane レビュー(検索日2016年2月11日)の結果は、次のとおりでした13。
- 28件の文献が同定されましたが、すべて除外され、組み入れ可能な研究は1件もありませんでした。解析したデータはありません13
- 著者結論は、「認知症におけるスタチン中止について、情報に基づく判断を可能にするエビデンスは見つからなかった」です13
つまり、「答えは決まっていない」というのが現時点の正答です。「やめてよい」とも「続けるべき」とも、この一次資料からは言えません。実際には、余命の見通し・飲んでいる薬の数・嚥下の状態・介護の負担・もともとの心血管リスクなど、個別の事情を踏まえて主治医が判断する領域になります。ご家族が「もう必要ないのでは」と感じたときは、やめる前にその考えを主治医に伝えるのが、いちばん確実です。
⑦ 下げすぎは大丈夫か
「コレステロールは脳の材料だと聞いた。下げすぎると脳に悪いのでは」という質問も、よく受けます。ここは3つの角度から見ておきます。
PCSK9阻害薬を上乗せした無作為化試験
スタチンにエボロクマブを上乗せしたプラセボ対照試験の部分集団で、認知機能を前向きに評価した研究があります14(試験名は抄録には記載がなく、抄録の表現は「スタチン治療に上乗せしたエボロクマブのプラセボ対照試験」です)。Cambridge Neuropsychological Test Automated Battery を使い、主要評価項目は空間作業記憶方略指標(4〜28点、低いほど効率的)、主解析は非劣性比較(非劣性マージンはプラセボ群の標準偏差の20%)でした14。
- 1,204人を中央値19か月追跡。主要評価項目のベースラインからの平均変化は、エボロクマブ群 −0.21±2.62、プラセボ群 −0.29±2.81(非劣性 P<0.001、優越性 P=0.85)14
- 作業記憶・エピソード記憶・精神運動速度といった副次評価項目にも有意な群間差はありませんでした14
- 探索的解析では、LDLコレステロール値と認知の変化の間に関連は認められませんでした14
ただし追跡は中央値19か月です。「長期の安全性が証明された」と言える期間ではありません14。
低いLDLの人を集めた大規模な観察データ
韓国の大学病院11施設の共通データモデルを後ろ向きに解析し、1対1の傾向スコアマッチングでLDLコレステロール70 mg/dL未満の群と130 mg/dL超の群を比べた研究があります(主解析コホートはマッチング後108,980例)15。
- 70 mg/dL未満は、130 mg/dL超と比べて、全原因認知症のリスクが26%低下、アルツハイマー病関連認知症のリスクが28%低下と関連していました15
- 55 mg/dL未満では、両アウトカムとも18%のリスク低下と関連していました15
- 70 mg/dL未満の人のなかでは、スタチン使用は非使用と比べて全原因認知症のリスクが13%低下、アルツハイマー病関連認知症のリスクが12%低下と関連していました15
これは後ろ向きの観察研究であり、因果関係を示す試験ではありません。「LDLを70未満まで下げれば認知症が26%減る」とは読めません。それでも、「LDLが低い人で認知症が増えている」という所見にはなっていないことは押さえておいてよい情報です15。
生まれつきLDLが低い人でも増えていない
前章で見た遺伝子を使った解析でも、生涯にわたってLDLコレステロールが低いことに対応するリスク比は、アルツハイマー病・血管性認知症・全認知症・パーキンソン病のいずれでも1を超える方向に有意ではありませんでした16。デザイン上、逆因果や「薬を出される人の偏り」の影響を受けにくいのが、この手法の強みです。
なお本記事では、具体的なLDL管理目標値(何mg/dLを目指すか)は扱いません。目標値は年齢・性別・喫煙・糖尿病・心血管疾患の既往などで変わるためです。薬の種類(スタチン・エゼチミブ・PCSK9阻害薬)と目標値の考え方は、脂質異常症の最新治療|LDL・TG別の薬剤選択とスタチン+エゼチミブ・PCSK9阻害薬にまとめています。
⑧ 日本ではどうなっているか ― 分かっていないことも含めて
ここは、正直に書くべきところです。
まず、無いことから。日本人を対象に「LDLコレステロールの値と、その後の認知症の発症」を直接測った縦断コホート研究は、本記事の作成にあたって行ったPubMed検索では見つかりませんでした。これは「日本人には当てはまらない」という意味ではなく、まだ測られていないという意味です。
日本人のデータとして使えるのは、久山町研究の2本です。1本は前述の剖検147例の病理研究(脂質指標は老人斑と関連し、神経原線維変化とは関係がなかった)17。もう1本が、食事に落とせる唯一のデータです。
認知症のない60歳以上の久山町住民1,628人を、2002〜2003年の検診から2012年11月まで(追跡期間の中央値10.3年)追跡した研究で、血清エライジン酸(工業由来トランス脂肪酸の客観的なバイオマーカー)を測定して四分位に分けています18。追跡中に377人が認知症を発症しました(アルツハイマー病247人・血管性認知症102人)。
- 血清エライジン酸が高いほど、全原因認知症(p for trend = 0.003)とアルツハイマー病(p for trend = 0.02)の発症リスクが有意に高いという結果でした18
- 総エネルギー摂取量や飽和脂肪酸・多価不飽和脂肪酸の摂取量を含む食事因子で調整しても、有意なままでした18
- 血管性認知症とは有意な関連がありませんでした18
ただしエライジン酸はトランス脂肪酸のマーカーであって、LDLコレステロールそのものではありません。「だからLDLを下げれば」と接続することはできません18。この研究から言えるのは、工業的トランス脂肪酸を減らすことが認知症の一次予防に役立つかもしれない、という方向までです18。
日本のガイドラインは、認知症をどう扱っているか
日本動脈硬化学会の動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版の英語版全文(約55万字)を機械的に検索しました20。
- "dementia"(認知症)は全文で5件のみ。中年期の高血圧と血管性認知症、久山町のエライジン酸の研究、冠動脈疾患と認知症、要介護の原因、研究対象者の記述という文脈でした20
- "Alzheimer"(アルツハイマー)は全文に1件もありませんでした20
ここから書けるのは、「日本のガイドラインでは、LDL管理目標の根拠として認知症は挙げられていない」までです。「日本のガイドラインはLDLと認知症の関係を否定している」とは書けません(書いていないことと、否定していることは違います)。また照合したのは英語版であり、日本語書籍版の記載は確認していません。
⑨ これから分かること ― PREVENTABLE試験
ここまで繰り返し出てきた限界は、「認知症を主要評価項目に置いたスタチンの無作為化試験が、ほとんど無い」という一点に集約されます。その空白を埋めにいく試験が、いま走っていますA。
PREVENTABLE(NCT04262206)A
- 実施主体:Duke University/状態:RECRUITING(登録中)
- 対象:地域在住の75歳以上。明らかな心血管疾患のある人、認知症のある人、日常生活動作に依存のある人などは除外
- 介入:アトルバスタチン40mg錠 vs プラセボ錠
- 予定登録数:20,000人
- 主要評価項目:「新規の認知症の診断が無い患者数」ともう1つ「持続的な身体機能障害が無い患者数」
- 開始 2020年9月1日/完了予定 2026年12月31日
結果はまだ公表されていません。上記の2026年12月31日は完了予定日であって、論文が出る日ではありません。それでも、「認知症の新規診断がないこと」を主要評価項目に置いた2万人規模の試験が動いているという事実は、いまの「分からない」が数年後には動きうることを意味しています。
⑩ 結局、いま何をすればよいか

ここまでの内容を、行動に落とすとこうなります。
- コレステロールの管理は、中年期から意味がある。65歳未満で測ったLDLのほうが、その後の認知症との関連が強く3、40〜45歳で測った値が30年後のアルツハイマー病と関連していました5。委員会が示す方向も「中年期のLDL管理」です1。ただし関連の大きさは控えめで、「下げれば防げる」とは言えません3,11。
- 高齢になって値が下がってきたことを、「良くなった」と受け取らない。認知症を発症した人では、診断の少なくとも15年前からコレステロールが下がり始めていたというデータがあります6。体重の変化や食事量の変化とあわせて主治医に伝えてください。
- 物忘れが気になったら、薬をやめる前に主治医に相談する。まれな報告があることは添付文書にも書かれていますがB、集団としては無作為化試験でも遺伝子を使った解析でも有害な影響が示されていません7,16。自己判断で中止して確かめないでください。
- コレステロールは、認知症のためだけに管理するものではない。心筋梗塞や脳梗塞を減らすことが本来の目的で、認知症リスクはそこに乗るかもしれない一要素です。
具体的な下げ方(食事・運動・受診の目安)と、いまのLDL管理目標値の考え方は、本記事では扱いません。健診で指摘された方の入口としては健診で「コレステロールが高い」と言われたら|脂質異常症の基準値と受診の目安を、薬剤選択と目標値については脂質異常症の最新治療|LDL・TG別の薬剤選択とスタチン+エゼチミブ・PCSK9阻害薬をご覧ください。
医療者の方で、脂質異常症の生活指導を外来の流れに組み込みたい場合は、脂質異常症の生活指導テンプレート(外来指導シリーズ#10)が対応する回になります。本記事の内容は、そこに「なぜ中年期から下げるのか」という説明を1つ足すものとして使えます。
⑪ この記事で扱わないこと
- 具体的なLDL管理目標値。年齢・性別・合併症・既往によって変わるため、目標値を扱った既存記事に譲ります。
- どのスタチンが認知症に良い/悪いか。親水性と親油性で差が無かったという報告はありますが8、製品間の優劣を語れる一次資料を本記事は検証していません。
- サプリメントによるコレステロール対策。本記事の検証範囲外です。
- 一般向け記事で広く引用されている、LDLの閾値と認知症リスク増加率の数値や、スタチンのリスク低下を示すオッズ比。本記事が確認した原著の抄録の記載と一致しないもの、あるいは元の論文を特定できなかったものが含まれていたため、使いません。使ったのは、上の各章に書いた原著記載の数値だけです。
- 日本のスタチン添付文書の記載。本記事が確認できたのは米国のFDA承認添付文書1本のみのため、日本の添付文書については言及しませんB。
まとめ
- 高LDLコレステロールは2024年に認知症の危険因子へ新しく加わった。PAF 7%・中年期の区分で、難聴と並んで最大タイ1。ただしPAFは集団の推計であって個人の確率ではない。
- 効いているのは中年期のLDL。65歳未満で測った値では10年より後の認知症と RR 1.17(1.08-1.27)、65歳以上では RR 1.07(1.03-1.13)と弱く、原著は関連を modestly と表現している3。
- 晩年期に測った高い総コレステロールは、どのアウトカムとも関連していなかった(MCI・アルツハイマー病・血管性認知症・全認知症・認知機能低下)4。一方、中年期の高い総コレステロールはアルツハイマー病と関連していた(RR 2.14、95%CI 1.33-3.44)4。
- 高齢で下がってくるのは「先ぶれ」かもしれない。認知症を発症した人では診断の少なくとも15年前からコレステロールが低下しはじめていた6。ただし対象は日系米国人男性であり、断定はできない。
- 「スタチンで認知症になる」は一次資料で支持されていない。RCT 25件のメタ解析で標準化平均差 0.01(−0.01 to 0.03)7、Cochrane では5種類の認知機能検査すべてで差なし11、遺伝子を使った解析でもリスク上昇は示されなかった16。ただし添付文書にはまれな報告として記載がありB、65歳以上の観察解析では probable AD が HR 1.33(1.00-1.77・p=0.05)と境界域だった(論文自身の総括は「関連しなかった」)8。
- 「スタチンで認知症を防げる」とも言えない。観察研究では RR 0.77(0.63-0.95)だが、認知症発症を扱ったRCTは1件のみで関連は示されなかった12。Cochrane は「予防しないことについて良質なエビデンスがある」と結論している11。
- 認知症になったあと薬をやめるべきかは、決まっていない。組み入れ可能な試験が1件も無く、判断できるエビデンスが見つからなかった13。
コレステロールは、認知症のために管理するものではなく、心筋梗塞・脳梗塞を含めた全体のために管理するものです。そのうえで、中年期からの管理は将来の認知症リスクの面でも意味がありそうだというのが、いまの一次資料の到達点です。「下げれば防げる」でもなく「薬で認知症になる」でもない、この距離感を持ったまま、続けられる管理をしていくのが現実的です。
よくある質問(FAQ)
Q1. コレステロールが高いと認知症になりますか?
なるとは言えません。中年期に測ったLDLコレステロールが高いことは、10年より後の認知症と関連していましたが、その大きさは原著の言葉で「控えめ(modestly)」です(65歳未満・10年超で RR 1.17、95%CI 1.08-1.27)3。危険因子のひとつであって、原因ではありません。
Q2. 何歳のコレステロールがいちばん大事ですか?
中年期です。65歳未満で測ったLDLのほうが関連が強く3、晩年期に測った高い総コレステロールはMCI・アルツハイマー病・血管性認知症・全認知症・認知機能低下のいずれとも関連していませんでした4。
Q3. 高齢でコレステロールが低いのは、脳に良いことですか?
「良いこと」とは限りません。認知症を発症した人では、診断の少なくとも15年前からコレステロールが下がり始めていたという報告があります6。下がってきたことを「良くなった」と受け取らず、体重や食事量の変化とあわせて主治医に伝えてください。逆に「だから高いままでよい」という意味でもありません。
Q4. コレステロールの薬(スタチン)を飲むと認知症になりますか?
そう示した無作為化試験はありません。プラセボ対照RCT 25件のメタ解析で認知機能への有害な影響は示されず7、遺伝子を使った解析でもリスク上昇は見られませんでした16。ただし米国の添付文書には、市販後の「まれな報告」として、一般に重篤ではなく中止により回復する(症状消失まで中央値3週間)という記載がありますB。気になる症状があれば、自己判断で中止せず主治医に伝えてください。
Q5. スタチンを飲めば認知症を予防できますか?
予防できるとは言えません。観察研究では認知症リスクの低下と関連していましたが(RR 0.77、95%CI 0.63-0.95)、認知症の発症を扱った無作為化試験は1件のみで関連は示されませんでした12。Cochrane レビューは「予防しないことについて良質なエビデンスがある」と結論しています11。
Q6. LDLを下げすぎると脳に悪くありませんか?
そうした結果は出ていません。PCSK9阻害薬を上乗せした無作為化試験では、認知機能の主要評価項目で非劣性が示されました(1,204人・中央値19か月)14。生まれつきLDLが低い人を調べた解析でも、認知症のリスク上昇は示されていません16。ただし前者の追跡は19か月で、長期の安全性が証明されたわけではありません。
Q7. 認知症と診断されたら、コレステロールの薬はやめるべきですか?
決まっていない、というのが現時点の答えです。認知症の人でスタチンを中止した場合と継続した場合を比べた試験を探したCochraneレビューでは、組み入れ可能な研究が1件も無く、判断できるエビデンスは見つかりませんでした13。個別の事情を踏まえて主治医が判断する領域です。
Q8. どのスタチンが認知症に良いですか?
本記事では扱いません。65歳以上の観察解析では親水性スタチンと親油性スタチンでどのアウトカムにも差がありませんでしたが8、製品間の優劣を語れる一次資料を本記事は検証していないためです。薬の選択は、肝機能・併用薬・目標値などを含めて主治医が判断します。
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- [B] DailyMed (U.S. National Library of Medicine). ATORVASTATIN CALCIUM tablet, film coated (Accord Healthcare Inc.). Label revised 12/2024.(2026年8月12日 取得)
※ 本記事は情報提供を目的としたものであり、個々の患者さんの治療方針は主治医の判断によります。コレステロールの薬の量や種類を自己判断で変更しないでください。記載した数値はすべて原著論文の抄録・本文から転記し、PMID/DOI による実在確認を行っています。